学生に薦める本 2003年版

安藤 潤

『スローカーブを、もう一球』

山際淳司 角川書店 1995年
 今は亡きスポーツライター山際淳司のノンフィクション8作品がまとめられている。文章自体が特別素晴らしいとか、涙なくしては読めないとかという理由で薦めるのではない。あくまで個人的な思い出だけである。したがってこの本を読んで「どこが面白いんだ?」と思う人が圧倒的だろう。ここでは2作品を紹介する。
 「八月のカクテル光線」は今や伝説となった夏の甲子園「星稜対箕島」のお話。延長に入って二度勝ち越された箕島がその度に奇跡的なホームランで追いつき、ついには延長18回ウラにサヨナラ勝ちしたのだが、特に語り草となっているのは星稜1点リード、延長16回ウラ2アウトランナーなしからの1塁ファウルフライ。この試合を見てからというもの、高校野球好きだった私はなぜか甲子園にカクテルライトが点灯し、延長戦に入ると「またあのときみたいな劇的な試合になるのではないか?」と期待してしまうのであった。たしかこの試合はNumberからビデオになって出ているのではないかと思うので、もし手に入るようだったら観てみて欲しい。
 もう1作品は「江夏の21球」。1979年日本シリーズ広島カープ対近鉄バッファローズ第7戦。場所はかつての南海ホークスのホームグラウンド、大阪球場。実は前夜、実家が大阪球場の近くにある私は近所の焼肉屋「白龍」で江夏を見ている。その晩、なぜか家族で焼肉を食べに行ったのだが、そのときなんと江夏が登場!!「おいおい、お前明日昼から試合やろ。こんな時間に焼肉食うとってええんかいな?」と当時中学1年生の私は思ったのだが、まさか翌日にあんな場面が訪れようとは!山際さんのこの作品を読むと今も江夏が投じたあの伝説の21球がありありと蘇ってくるのである。
[OPAC]

『戦下のレシピ 太平洋戦争下の食を知る』

斎藤美奈子 岩波書店 2002年
 実家が大阪のミナミでレストランをやっていたこともあり、今でも料理には関心がある。年末など実家に帰ると「天皇の料理番」秋山徳蔵氏が大正時代に出した家庭向けの料理本をついつい読んでしまうのだが、そこで紹介されている西欧料理や中華料理は家庭向けとは言え、なかなかのものである。その当時の意外なほど洒落た食生活が太平洋戦争を挟んで信じられないほどに悪化する。 ここで紹介する『戦下のレシピ』は太平洋戦争前後の日本での食生活がどのようなものであったかを知る上で非常に貴重である。私の両親はともに戦争を体験しているので、昔から当時の食糧難についてはよく話を聞かされていたし、テレビでも戦後の闇市や悲惨な食生活を見ていたので特に驚きはなかったが、市民から食の楽しみを奪っていった軍国主義には怒りを覚えざるを得ない。今の学生がこの本を読んでどのように感じるだろうか。
 大学院生時代に「酸っぱいカレー」、「酸っぱい大根の煮物」、そして「酸っぱい麦茶」(夏だったので全部腐ってしまった)を体験し、自分ではかなり貧しい食生活を送ったつもりであったが、しかし考えてみれば「酸っぱいカレー」のルゥをかけるお米や、煮出す麦茶のパックはあったわけで、院生時代の食生活は戦後の食糧事情に比べればやはり圧倒的に豊かだったんだと思い知らされた。
[OPAC]

『少年Mのイムジン河』

松山猛 木楽舎 2002年
 かつて発禁ソングとなったザ・フォーク・クルセダーズの『イムジン河』が2002年にCDとなって復活した(聞きたい人は私の研究室まで)。と言っても、私はこの曲のことを知らなかった。たまたま朝の「やじ馬ワイド」を見ていて初めて知ったのである。 著者の松山猛氏は京都で幼少時代を過ごした。京都に限らず、関西には多くの在日韓国・朝鮮人が住んでいる。もちろん過去には許されない不当な差別があったし、残念なことに今でも差別が残っているのは否定しようのない事実ではあるが、大阪人の「思ったことはなんでもズバズバ言う」が「悪気があるわけではない」という気質が韓国・朝鮮の人たちと似ているせいか、私の故郷・大阪では比較的うまく共生していると言ってもよいのではないかと思う。事実、今も大阪には日本で最も多くの在日の人が住み、日本と韓国・朝鮮お互いの文化を尊重しつつ、共同社会をなんとか作り上げている。
 そんな大阪に育った私は韓国・朝鮮の人や文化は非常に身近で親しみ深い存在である。中学・高校から帰宅する際、焼肉のメッカと呼ばれる鶴橋でJRから近鉄電車に乗り換えていたのだが、特に中学時代はバスケ部のハードな練習後に近鉄鶴橋駅の下から漂ってくる焼肉の煙と臭いに「あかん、めっちゃ腹減ってきた。この臭いだけでええから、早よご飯食べさせてくれ!」と生き地獄とも思える空腹感を必至でこらえながら帰宅する毎日であった。
 そんな私ではあったが、実は南北の深い問題を認識したのはそう昔のことではない。小学生の頃、社会科の問題集で国名を答えさせる問題があったが、「大韓民国」と「北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国」と書いた記憶があるから、朝鮮半島・韓半島に2つの「国」があることは当時からわかっていた。分断の悲劇も多少は知っていた。しかし、ここまで大きな問題を抱えていようとはまったく思わなかったのである。
 本学で韓国・朝鮮に少しでも関心を持つ学生はこの本を読み、なぜ当時このレコードが発禁になったのか、なぜ著者の住んでいた京都をはじめとして日本の多くの都市に「在日」と呼ばれる人が住んでいるのかを考えることから韓民族・朝鮮民族の悲しき歴史や朝鮮半島・韓半島の抱える様々な問題点を考えるきっかけとしてみてはどうだろうか。ページ数自体も少ないし、小学生にでも読めるくらい平易な文章で書かれている。しかもキーワードの解説までついている。
 ちなみに広瀬先生に教えてもらったのであるが、韓国では「イムジン」だが、北では「リムジン」と発音するとのことである。このあたりもかつての発禁レコード「イムジン河」のカギを解く手がかりとなるだろうか。
[OPAC]