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学生に薦める本 2010年版
佐々木 寛
今年度のテーマは、一昨年度に引き続き、<来るべき文明>について。私たちはもはや、一国単位の「成長」や「開発」の論理をこえて、地域や世界全体の「共生」や「公正」の論理を探らなければならなくなっています。そして日本もまた、「脱亜入欧」の時代をこえて、「アジア」と共にいかに新たな関係や社会をつくるべきなのかが問われています。現在私たちを苦しめているような、日本国内のさまざまな問題も、こういった世界的な視野と方策ぬきには、解決することが不可能になっています。そのためにヒントを与えてくれる本をご紹介します。
『沖縄歴史物語――日本の縮図』
- 伊波普猷 平凡社ライブラリー 1998年
「沖縄学の父」と言われる伊波普猷の代表的な仕事を集めた本で、タイトルの通り、主に沖縄の歴史について書かれた本です。でもよく読むと、副題にもあるように、書かれているのは、まさにその沖縄を支配し差別し続けてきた「日本」の姿であることが分かります。そして、それは広い意味における「帝国主義」の歴史でもあります。故郷への愛と世界のありようとの葛藤の中で紡がれた精神が、グローバル化という新しい「帝国」システムの時代において生きる私たちに語りかけてくることに耳をすませてみましょう。
『悲しき熱帯』Ⅰ・Ⅱ
- レヴィ=ストロース 中公クラシックス 2001年
原題は、Tristes Tropiques。著者は、昨年この世を去ってしまいましたが、この芳醇な、とっておきの贈り物を私たちに遺してくれました。とにかく読んでみてください。まるで地下深く眠っていて、やっと掘り当てられた、宝石箱のような本です。旅行記の形をとりながら、私たちの<文明>のあり方そのものを深くゆさぶる根源的な問いが無数に散りばめられています。具体を愛し、具体に沈潜しながら、しかし普遍へと跳躍する思考の軌跡には、知的な眩暈(めまい)すら覚えるでしょう。<文明>の名を借りて、人類がどういう歩みをたどってきたのか、熱帯はなぜ‘Triste’(悲しく憂鬱)なのか、あるいは、未来の人類にとって、神話的な思考が果たす役割はどういうものなのか…。これらの問いに答えるための、多くのヒントが隠されています。
『帝国を壊すために――戦争と正義をめぐるエッセイ』
- アルンダティ・ロイ 岩波新書 2003年
インド人女性作家のエッセイ集。2001年の「9・11」から2003年にかけて、世界が戦争に向かってゆく中で書かれ、語られたことばです。この本を皆さんにご紹介したいのは、この本のことばが、どれも未来の煌き(きらめき)を帯びているからです。すっと透徹した、みずみずしく明晰な批判精神は、文化や地域を越えた普遍性の予感に満ちています。彼女曰く、「わたしが書くのは国家とか歴史に関するもの、というよりは、権力について。権力がいだく妄想と酷薄さについて、権力の物理学についての考察。」(p.100.)
『「未完の革命」としての平和憲法――立憲主義思想史から考える』
- 千葉眞 岩波書店 2009年
戦禍の果てに、「20世紀最大の逆説」として生まれた日本の平和憲法。それは、還暦をとうに過ぎて、もはや時代遅れの原理であると言う人もいます。しかし、それはまったくの逆です。著者も言うように、日本の平和憲法は、世界(史)を舞台にした、「未完の革命」として捉えられるべきだからです。つまり、憲法9条は、これからの日本とアジア、世界との関係の指標として、まさに新しい<文明>、新しい「国のかたち」の基本原理として、国境をこえて選び直される可能性を秘めています。本書は、単なる「護憲」(憲法を護るという立場)をこえて、未来へ向けて憲法を「活かす」という観点から、読者に多くのヒントを与えてくれます。