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学生に薦める本 2001年版
越智 敏夫
『料理人』
- ハリー・クレッシング、一ノ瀬直二訳 早川書房 1972年
「面白さだけで勝負」その1。時代も場所もわからない。おそらくは西欧のどこか。その小さな街に自転車に乗ってやってきた一人の料理人の話。包丁一本さらしに巻いて、何をするかと思えば味だけで町を完全に支配する。単純なピカレスク・ロマンでもないし、お気楽なブラック・ジョークでもない。ど阿呆なグルメ番組などは百億光年の彼方。ストーリーテリングの妙の極致。これを面白いと思わずして、人生、何が楽しいのか(反語)。一ノ瀬直二の名訳も光る。ついでにいうと著者自身も謎のまま。ちょっと恐い
『星を継ぐもの』創元SF文庫
- ジェイムズ・P・ホーガン、池央耿訳 東京創元社 1980年
「面白さだけで勝負」その2。「ハードSF」ってなんだと思う人はすぐこれを。話のすじは滅茶苦茶だし、発想もとんでもない。登場人物は意味もなく消えてゆく。細部も変。にもかかわらず、その話のどまんなかには巌のようなSF魂が。どうして私たち人間はこういう世界に生きているのか。その問いに真正面から答えようという鋼鉄の意思。アイディア一発勝負、何が悪い。センス・オブ・ワンダー無くして、何の人生か(反語)。映画化不可能の超大作。続編あり。
『時の娘』
- ジョセフィン・テイ、小泉喜美子訳 早川書房 1977年
「面白さだけで勝負」その3。俗に言う安楽椅子探偵もの。足を骨折して入院中の刑事が追うただひとつの謎――リチャード三世は本当はどんな人間だったのか。その意味で犯人はウィリアム・シェイクスピアだと言えるだろう。渉猟し尽くした歴史資料をベッドのまわりにぶちまけつつ、リチャードの実像に迫る。本当に彼はみずからの甥をロンドン塔で殺してまで王になろうとした狂気の殺人鬼だったのか。それを主人公とともに探る興奮。好奇心無くして、何の人生か(反語)。たまにはだまされる根性も必要だ。
『虎よ、虎よ』ハヤカワ文庫SF
- アルフレッド・ベスター、中田耕治訳 早川書房 1978年
「面白さだけで勝負」その4。原著は1956年発刊。その時代にこんなパンクスがいたなんて。それから20年後、私が初めてこの本を読んだとき、街中にピストルズの"Anarchy in the U.K."ばかりが流れておった。これは偶然ではあるまい。SF史上、燦然と輝く作品ではあるが、やはりこれは「生き様」と「憤怒」と「破壊」の書。それで面白いんだからたいしたものである。これを読んでも制限速度を守って車を転がす奴を俺は好かん。怒りの衝動を忘れて、何の人生か(反語)。でも皆さん、安全運転でね。けっ。