学生に薦める本 2001年版

広瀬 貞三

『地の底の笑い話』

上野英信 岩波書店 1967年
 子供の頃、毎年夏休みは有明海を渡り、父の実家がある長崎県島原市に行った。西鉄大牟田駅から三池港に向かうバスは、三池炭坑の繁華街を抜け、炭住の軒先を曲がり、そびえたつボタ山を見上げる。元坑夫の上野英信は、生涯筑豊から離れなかった。炭坑労働者の「笑い話」は体験に裏打ちされ、時には労働の苦渋から解放してくれる「武器」でもあった。炭坑労働者の深い精神世界を、漆黒の闇から生まれた「笑い話」が語ってくれる。
[OPAC]

『田宮模型の仕事』

田宮俊作 文藝春秋 2000年
 小遣いをためて、プラモデルを買うのが楽しみだった。プラカラーで色を塗り、最後に「TMIYA」のシールを貼ると完成だ。息子のためにミニ四駆を買ったこともある。この本を読んで、「タミヤ」がその製品作りにどれだけ心血を注いできたか初めて知った。ソ連戦車を見るためイスラエルへ飛び、パットン博物館では零下7度の野外で撮影し、本物のポルシェを分解する。徹底した調査と、細部まで正確に復元する仕事ぶりに驚嘆した。
[OPAC]

『仁義なき戦い』幻冬舎アウトロー文庫

笠原和夫 幻冬舎 1998年
 高校2年の冬、東映映画『仁義なき戦い』を見た。闇市で梅宮辰夫が伊吹吾郎の左腕を刀でぶった切る場面に度肝を抜かれた。以降、続編が封切られるたびに、久留米にバイクで見に行く。この本には脚本家笠原和夫が書いた4部作のシナリオが全て盛り込まれている。人間に対する限りない尊敬と蔑視の混在。広島弁のセリフが輝いており、登場人物の個性がきわ立っている。ここには書けない下品な言葉の数々も、その魅力の一つだ。

『フランス料理の手帖』

辻静雄 新潮社 1978年
 大学に入って最初のアルバイトが、神楽坂にある某フランス料理店の皿洗いだった。客が残したコンソメスープ、メロンジュースを初めて飲み、エスカルゴの切れはしを口に入れた。辻静雄は「あべの辻調理専門学校」の校長を勤め、日本にフランス料理を導入し、定着させる一方、西洋に日本料理を紹介した人物。「料理の鉄人」ではなく、「料理の神様」といえる。生涯、「本物」を追求した人の文章は、精練され、しかも軽やかである。
[OPAC]

『職人』

竹田米吉 中央公論社 1991年
 某建設会社の社史を3年半ほど執筆した。数多くのOBから聞き取りをし、活字におこした。モッコ担ぎからダンプ・トラックまで、一代で経験した世代である。竹田米吉は明治22年大工の子として生まれ、落語の八つあん、熊さんが出てくるような中で仕事を覚える。印半纏を着たまま工手学校で学び、現場暮らしからたたき上げ、後に建築家となる。実体験を通して技術を会得していく過程を、「職人」みずから端正に描いた好著。