学生に薦める本 2009年版

小片 章子(図書館)

『クアトロ・ラガッツィ : 天正少年使節と世界帝国』

若桑みどり著 集英社 2003.10
北イタリアのヴィツェンツァという町に16世紀の建築家パッラーディオが設計したテアトロ・オリンピコという小さな劇場がある。その一室の天井にあるフレスコ画のモチーフが「この町が初めて迎えた日本人」の天正少年使節の4名の少年(Quattro Ragazzi)であることを聞き、興味を覚えたのが本書を読んだきっかけである。
本書は、著者がイタリア、マカオ、インド、スペイン、ポルトガルの膨大な天正少年使節に関する古文書を詳細に調査し、独自の解釈を加えた大作である。あまりに長編なので途中で挫けそうになったが、少年たちの他愛ない日常の様子や、聖書の「東方三博士」に擬えるために少年の1名(中浦ジュリアン)を無理に病人にして3名だけで教皇に謁見させたという笑えない話や、完成したばかりのミケランジェロの「ダヴィデ像」を刺激が強いので少年たちに見せないように苦心したエピソードなどに魅かれて読み進んだ。ボッティッチェリの「春(プリマヴェーラ)」を彼らも見たのだと思うと、歴史上の人物が急に近い存在になる。
著者は、「四人の悲劇はすなわち日本人の悲劇であった。日本は世界に背を向けて国を閉鎖し、個人の尊厳と思想の自由、そして信条の自由を戦いとった西欧近代世界に致命的な遅れをとったからである」と結んでいる。
少年たちの歴史との関わりは、「神の思し召し」、「運命」、「因縁」などいう言葉で片付けられないほど苛刻であったが、使節の1人である原マルティノが追放されたマカオは今でもローマ並みに教会密度の高い素朴な信仰の町である。マカオの町を歩くと彼らが蒔いた種が実を結んだことを感じる。
著者の取材力と筆力と美術史家ならではの解釈を堪能できる作品である。
ご一読ください。
[OPAC]