学生に薦める本 2005年版

渡辺 忠

『黄金分割-自然と数理と芸術と-』

アルプレヒト・ポイテルスパッヒャー、ベルンハルト・ペトリ;訳者 柳井 浩 共立出版 2005
学生証や免許証の縦横長さの比は1:(1+√5)/2≒1:1.618で、黄金比と呼ばれている。クレジットカードや新書版の本などにもこの比が使われている。線分をこの比率で分割したもの、すなわち約「0.618対0.382」は人々の美的感覚を魅了するといわれる黄金分割である。本書ではまず黄金分割の基本的な性質を述べた後、美しい形状と数の関係が語られる。数学の世界でこれほど多くの分野に黄金分割が姿を現すとは驚きである。解説は平易で高校の数学で十分読んでいくことができる。
 次いで黄金分割が現れるものに触れる。自然界の中からは植物の種や葉、動物は人間(たとえば人間の臍の位置は身長を黄金分割する)。人工物からは建築(ピラミッド、神殿)、絵画(例:ダビンチのモナリザ)そして、文学、音楽に及ぶ。また西欧人が黄金分割にいかに熱中したかが語られる。美しいものはなんでも黄金分割で説明しようとする行き過ぎもあったようだ。美しいものを鑑賞しながら、その数理を探求する好奇心を満足させる。そんな機会を持ちたいと思ったら、この本を読んでみよう。数学を読む楽しさを教えてくれる本である。
[OPAC]

『金融工学の挑戦』

今野 浩 中央公論新社 2003
 ギャンブルの結果は運によって決まる部分とプレイヤーの技量によって決まる部分がある。株などの金融商品について、技量によって決まる部分を高等数学とIT技術によって学問に仕上げたのが金融工学である。つい最近まで日本の金融業界は大揺れに揺れ、銀行や証券会社の買収や合併が相次いだ。これは日本の金融システムが未熟で外国に太刀打ちできなくなった結果であった。それを支援していた学問が遅れていたのである。アメリカでの発展と、それに追随する日本の活動が書かれている。新しい学問がどのように成長していくのか、日本ではどのような育ち方をしたのかを知るのは興味深い。もちろん金融工学の主要テーマも数学的素養がなくてもわかるように解説される。どのような話題があるのかをざっと知るにもよい本である。
[OPAC]

『数理科学のレッスン』

平下幸男 産業図書 1992
 通常数学の本は特定分野を深く体系的に扱うのが一般的だが、本書はそれを広く浅く扱っているところに特徴がある。数学・数理科学に関連のある幅広い分野から55テーマを選び、1テーマについて3から5ページを割いて、問題形式で解説している。ヒルベルト空間や群という概念があったかと思うと、在庫管理や戦争モデルという数学の応用がある。また正規分布や回帰直線という数学の公式まで1テーマとして扱っている。分
野、方法、公式の区分をしていないので、その理論の背後にある広がりを誤解するかもしれない。しかし数理科学で初めて出会う重要用語が具体例をもって解説されているので、手っ取り早く数理科学全体を把握するのに都合がよい。各テーマには3から5つの参考文献がついているので、興味を持ったらそれを読めば本格的に勉強できる。広がりつつある数理科学の入門書として面白い試みである。
[OPAC]

『確率論とその応用Ⅰ上・下 Ⅱ上・下』

ウィリアム・フェラ-;訳者 河田龍夫、国沢清則他 紀伊国屋書店 1962 1969
フェラーの確率論は古典的確率論の世界的名著である。私は大学を出てから読む機会を得た。Ⅰ部とⅡ部から成りそれぞれが上下巻に分かれている。読み応えがある。現在の確率論の教科書はほとんどこの本を参考にしているといっても過言ではない。日本のある確率論の大家がこの本が出版される前にやはり確率論の本を書いた。そのときの言が「確率論は書くことがなくてね。」ということだった。日本の教科書は一般に薄い。エッセンスを書くとそうなるのだが、応用はあまり利かない。その点この本はエネルギッシュに多くの題材を集め応用に意を配っている。また練習問題も多くそれに十分な解答をつけている。これを読んだときは「あちらの人は食べる量が違う。体も大きい。だからこれだけ書ける。日本人ももっと食べなくちゃ」と妙に納得したことを覚えている。数学的にはやさしい。しかし、大学時代にこれを読めたらたいしたものである。大学時代の勉強の金字塔になる。時間がなければ1巻だけでもよい。訳書はもうすぐ絶版になるかもしれない。買っておくだけでもよい。
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