学生に薦める本 2007年版

佐々木 寛

めまぐるしく変転する時代の中で、自立的な思考を維持し、育むことはとても難しいことです。日々時代に巻き込まれながらも、流行に埋もれることなく、少し立ち止まって思考する心の余裕と習慣を身につけませんか?たとえば、友人との学習会などで、これまで読み継がれてきた「古典」をじっくり読んでみるというのもひとつの方法です。今回は、現代社会の本質をことばの鋭い矢で射抜いた先人との出会いというテーマで、仲間との時間をかけた読書会に適した本をご紹介します。

『大衆の反逆』

オルテガ・イ・ガセット ちくま学芸文庫 1995年
オルテガとは、まさに単独で時代に立ちすくむ知性。独特の肉感的なことばで時代の下半身をとらえきったスペインの思想家です。この本は、はじめは慣れないかもしれませんが、読み進めるうちに彼の問題意識の射程が、まさに今ここに生きる私たちの問題に他ならないということに気づくでしょう。イラク戦争などを見ると、現代は、「大衆の反逆」ではなく、むしろ「エリートの反逆」の時代といえるかもしれません。しかし、オルテガは、それはまさに「エリート」が骨の髄まで「大衆化」してしまったからなのだ!と断言するでしょう。本物の保守思想に出会いたい方にお薦めします。
[OPAC]

『ベンヤミン・コレクション 1 近代の意味』

ヴァルター・ベンヤミン ちくま学芸文庫 1995年
 本書で取り上げられるボードレールの詩集もいっしょに買い込んで、じっくりと時間をかけてベンヤミンのメッセージを読んでみましょう。そうすると、歴史の只中で「生きる」ということの肌触りをじわじわと取り戻すことができると思います。せつなくなるようなベンヤミンの繊細な時代感覚は、今読んでもまるで自分のすぐ隣で呼吸しているかのようです。「美しい日本」というスローガンが、いかにファシズムと同じであるか、そんなことも分からなくなった日本人に向けて贈りたい。前年度ご紹介した「複製技術時代の芸術」も所収されています。
[OPAC]

『経済の文明史』

カール・ポランニー ちくま学芸文庫 2003年
今私たちが当たり前だと思っている、経済社会って、本当に当たり前なのでしょうか。そもそも市場って何でしょうか。資本主義って、いつからできて、どのように変容を遂げてきたのでしょうか。「経済人類学」という新しい分野を開拓したハンガリーの思想家が解き明かします。今の経済システムが、みなさんの孫子のそのまた孫子の時代まで続くと思いますか?長期的思考を失った今の無責任な指導者たちを批判する以上に、わたしたち自らが「人間の顔をした」、来るべき経済社会を今から構想しておきましょう。
[OPAC]

『「文明論之概略」を読む』 上

丸山真男 岩波書店 1986年

『「文明論之概略」を読む』 中

丸山真男 岩波書店 1986年

『「文明論之概略」を読む』 下

丸山真男 岩波書店 1986年
今また読み直したくなる現代の「古典」。内容はわかりやすい講義録のようになっています。福澤諭吉や日本の近代を丸山真男はどう読むか。そしてそれを私たちがどう読むのか。オリジナルの『文明論之概略』を片手に、読書が媒介する精神の継受に参加しましょう。わたしたちが普段つかっていることばや概念の中にも歴史が潜んでいます。たとえば、そもそも「文明」って何なのでしょう?かつて福澤が夢見た「文明」は、今のわたしたちにとっての「文明」とどう切り結ぶのでしょうか。ことばがどんどん死滅しつつある日本で、「文明」の地下水脈から再びみずみずしい思考の契機をとりもどしましょう。
[OPAC]
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『近代とはいかなる時代か?― モダニティの帰結』

アンソニー・ギデンズ 而立書房 1993年
「モダニティ(近代)」をどうとらえるか。ちょっと難解でイギリス臭いテキストですが、わたしたちが今立っている歴史的な<位置>を見定めるために不可欠な発想を示してくれます。一人で読むのは大変かもしれませんが、友人たちとあれこれ議論しながら読むと面白さが倍増すると思います。本書では、「近代」は、「再帰的近代」としてとらえかえされます。つまり、われわれの日々の反省や行為が、新たな世界や人間の条件をつくりあげていくという、ダイナミックな世界です。<歴史>を過去の硬直した堆積物とするのではなく、また、単に現在にとって都合のいい「素材」として利用するのでもなく、今を生きるわたしたちと未来にとって応答可能なものにするための、新しい社会理論として読むことができます。
[OPAC]