学生に薦める本 2024年版

臼井 陽一郎 

『滅ぼす』上巻

ミシェル・ウエルベック 河出書房新社 2023年

『滅ぼす』下巻

ミシェル・ウエルベック 河出書房新社 2023年
現代フランス社会の実相を現代思想の視点から掴もうとしたら、ウェルベックを置いて他にいないだろう(はずだ、たぶん)。本書では、医療が現代思想のアクセスポイントとして選択される。身体という自然に介入する人間と、人為に介入される身体という自然、この両者の交差点に位置するのが医療である。それゆえにまた、医療は生と死の同時存在を直に体験させてくれる場でもある。世界を震撼させるテロリストからのメッセージの読み解き。医療現場の矛盾の痛ましさ。癌を受け入れるための心身の闘い。これらがフランス現代政治のリアルな描写を背景に活写されていく。ウェルベックの力量のなんという凄まじさ!ぜひ、手に取ってみてほしい。
[OPAC]
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『流れは、いつか海へと』

ウォルター・モズリイ 早川書房 2019年
犯罪物探偵物は、SF作品とならんで、文学のもっとも良質な要素を抽き出すための、貴重な形式である(きっとそうに違いない)。本書はモズリィのいつものシリーズからは離れた作品だが、いつものシリーズと変わらず、アメリカ社会の現代的在りようを、見事に高画質カメラでとらえ、読者にみせてくれている。社会の底辺に引き摺り落とされた者どうしのハードボイルドな友情のかっこよさは、モズリィでなければここまでクールに描き出せまい。大学での空き時間に、モズリィの世界にハマってみるのも、悪くないと思う。
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『街とその不確かな壁』

村上春樹 新潮社 2023年
小説の醍醐味のひとつに、脇役の存在感というものがある(と信じている)。この小説には、ずっとあとの方になって、イエローサブマリンのイラストがプリントされた、緑色のパーカーを着た少年が登場する。実はこの少年のことが忘れられなくて、この本を推薦した。人間たちが群れる社会のなかではまともに息をして生きていくことができない孤独な魂がそれでもなんとかようやく見つけ出した、自分の人生の本当の意味を与えてくれる居場所。その居場所が、不確かな壁に囲まれた街の図書館だった。この大学の学生たちの1人でも良いから、本書を手に取り、彼の生き方に出会ってもらえたらと、こころから願っている。
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『遠い声、遠い部屋』

トルーマン・カポーティ 新潮社 2023年
カポーティはぜひ触れてほしい作家のひとり。この作品は、父を探しに遠い旅に出た、生きるのに下手な少年の、不思議な体験。リアリズムファンタジーの要素もあり。舞台はアメリカのとある田舎町。アメリカがぎゅっと詰まっていて(ある人びとが不条理な暴力にさらされ人生をめちゃくちゃにされていくであるが)、アメリカ以上の普遍的な何かも、味わえるはず。村上春樹の『海辺のカフカ』との連なりが見えてきそうな、気がする。父親との関係が主題。ただ、カフカ少年にはこのカポーティの少年とは異なるハードボイルドさが具わっているのだけれど、カポーティの少年は、愛おしくなるほど、なさけなくしょうもない。その彼を取り巻く登場人物たちが、実に魅力的。作品の魅力は脇役が作り出すのだとおもう(おそらく)。
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『DJヒロヒト』

高橋源一郎 新潮社 2024年
日本について知り、日本について考えるための、抜群の一冊。これまで、日本について勉強するには、中上健次『異族』、高橋和巳『邪宗門』、司馬遼太郎『坂の上の雲』の三冊かなと思ってきたが、これからはこの1冊を加えなければいけない。そう確信した。まるで空っぽのようでぜんぜん空っぽではない昭和天皇・ヒロヒトの、またそのヒロヒトをめぐる、日本を作ってきた人びととのメリーゴーランドみたいな会話の連なり。これが500頁を超えて続いていくが、読んでいて、まったく飽きない。それどころか、この国を通じて、人間の奥底について、じっくりと考えさせられる。素晴らしい一冊。
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『ドイツ「緑の党」史 : 価値保守主義・左派オルタナティブ・協同主義的市民社会』

中田潤 吉田書店 2023年
良質の研究書を、じっくりと読み込んでいく。大学でやるべきことだし、大学でしかできないことだと思う。本書は、まさにハイクオリティの一冊。ドイツのひとつの政党の歴史に迫ることで、社会学と政治史の多面的でかつ奥深い対話が可能になる。そして、現代ヨーロッパの政治シーンに大きな影響を与えてきた社会思想・政治思想の絡み合いが、みごとにときほぐされ、読者の目の前に提示される。学術書の魅力を、味わってほしい。
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『舟を編む』上下巻

雲田はるこ漫画 ; 三浦しをん原作 講談社 2017年
映画にもなり、今また、NHKBSで野田洋次郎出演で放映中の作品。ここで紹介するのは、そのマンガ版。筆を取ったのは元禄落語で一世を風靡した雲田はるこ。これは見逃せない。一冊の辞書の、宇宙感覚を体感してみると、知の世界が実はふつうの人びとの日常生活のあちこちに入り込んできていることに、気がつくと思う。こころから薦めたい作品。
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『森林通信 : 鷗外とベルリンに行く』

伊藤比呂美 春陽堂書店 2023年
伊藤比呂美の、ふれる前から肌が切り裂かれそうな(切られたことにまったく気がつかないほどの)鋭利な刃物みたいな詩を読んだことのある読者には、なぜ彼女が森鴎外のおっかけになっているのかが、ある程度、分かるのではないか。たぶん。ドイツに行って自分の詩を読んで、いろいろな人びとと交流する、ただそれだけの時間の流れの断片のそれぞれに、いくつものドラマが写し出されていて、そのドラマの一つひとつを想っていると、いつのまにか読み終わっている、そんな作品。文体が達人。自分自身の文体を持つことができた者は、この世界の実相を、肉眼で見ることができるのだろう。死ぬまでにその域に入り込む入り口が遠くに肉眼で見えるところまでには、辿り着きたいと思う。
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※2024年度の推薦本は図書館内のトピックコーナーに配架されています。(一部購入できないものを除く)