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学生に薦める本 2008年版
越智 敏夫
自分を探すな、5篇。「若いってことはいいことだ」とか言われているうちが、人生、花なんでしょうが、その年代の陥穽のひとつが、「自我の確立」や「自分さがし」などを強制されること。そんなもん、見つけようとしても見つかるわけありまへん(きっぱり)。そんなことする暇があったら辞書をひく癖でもとっととつけろと思うけれど、世の中そういうのが好きな人がたくさん。特に高齢者。もう自分は見つけたと思っている輩だから。若輩層にそのシシュフォスの業苦(という単語の使い方は本当はおかしいのだろうけれど)を強制しようとします。学生さんたちも大変だよね。その罠から逃れるための5冊。読むと楽しいよ。ちなみに並べてみたら全部海外の作品になったけれど他意はない。けれども考えてみたら、この手のいい作品は国内には少ないような気がする。
『シンデレラの罠』
- セバスチアン・ジャプリゾ著,望月芳郎訳 創元推理文庫 1989年
文字どおり、自分探しの「罠」の本。シンデレラはどうやって自分を見つけるのか。お話としてはミステリー。ただしその「禁じ手」。最初にやったもん勝ちだとは思うがあまりに大胆なプロット。巨万の富を相続することになった二人の女性。その片方がもう一人を殺そうとしたらしいけれど、その真っ最中に大火事が起きる。一人が生き残るけれど全身火傷の重傷で顔もわからず、頭部への打撲を受けていて過去の記憶も消えている。殺そうとしたほうなのか、それとも……。いったい私は誰で、何が起こったのか。というわけで彼女はこの事件の探偵、被害者、犯人、証人という「一人四役」状態になります。さあ、どう決着つけるのか。フランス・ミステリー界の鬼才の技に驚愕せよ。
『ジェーンに起きたこと』
- カトリーヌ・キュッセ著,長谷川沙織訳 創元推理文庫 2004年
著者自身、アメリカの大学でフランス文学を教える研究者。ほぼ同じ設定の主人公ジェーンはある日、差出人不明の小包を受け取る。中身は『ジェーンに起きたこと』という小説原稿。そこに書かれていたのはジェーン自身の過去10年にわたる詳細な記録だった。本人以外絶対に知りえない恋愛経験や職業上の秘密、自分の気持ちまでが書かれている。誰かが彼女のすべてを覗いているのか。それともジェーンは狂っているのか。読みつづけるうちに自分の記憶なんか本当にいい加減だということに気づく。じゃあ記憶の集積以外に自分ってあるのか。名作『何がジェーンに起こったか』へのオマージュになっているようでなってないところもすばらしい。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』
- フィリップ・K・ディック著,浅倉久志訳 ハヤカワ文庫 1992年
そのジェーンが陥った「記憶こそが自分である」という罠についての代表傑作。映画化された『ブレードランナー』も良いけれど、話としては原作のこちらのほうが深くて面白いのは当然か。主人公リック・デッカードも小説のほうがはるかにダンディ(死語)。なんつっても、しょぼい嫁さんがいるし。レイチュルの記憶のなかの蜘蛛の親子はどこに行ったのか。ペット好きな人が読むとまた別種の感興がわくかも。3秒で過去を忘れる羊の自我とは何か。清原なつの『アンドロイドは電気毛布の夢を見るか?』も本当は読んでもらいたいが、あっちは「ぶ~けコミックス」だし。自粛ということで。
『黒猫/モルグ街の殺人』
- エドガー・アラン・ポー著,小川高義訳 光文社古典新訳文庫 2006年
この作品集のなかの「ウィリアム・ウィルソン」も自分探しの古典。「影を殺した男」とも訳される本作も自分探しの末路をファンタジーとして描いた掌編。でもその描き方はポー独自のだるさが漂っていて、自分なんか見つけようとしてもこうなるんだよなあと思わせるに充分。精神分析が流行し始めた時代状況も考えながら読んでも興味深い。ちなみに『世にも怪奇な物語』のなかの一篇としてルイ・マルが映画化したものがあります。主演はアラン・ドロンとブリジット・バルドー。これも必見。この短編にかぎらずポーの作品はすべて面白い。「黒猫」は文章による恐怖の極北を初めて経験したものとして個人的には思い入れが強い。また世界初の探偵デュパンが登場する「モルグ街の殺人」を読むと、これ以降の探偵小説の進化って何だと思えるほどである。本書には収録されていないが、おそらくは10種を越えるであろう各社のポー短編集にはほぼ収録されている「黄金虫」も文章でアドベンチャーを体験できる稀有な例としてすすめたい。
『The Picture of Dorian Gray』
- Oscar Wilde Barnes & Noble Classics Series 2003年
そのポーの一世代あとのワイルド。これも自分探しの末路か。アメリカから大西洋を越え、イギリスでのお話。自我の発見の困苦に加えて、若さの意味、美しさの意味まで考えようとするからこうなるんだよなあ。耽美主義 Art for art's sake の光と影を示すこの悲劇はぜひ英文で読んでもらいたい。これも映画化した無謀な者が何人かいるけれど、あるバージョンはドリアン・グレイをよりによってヘルムート・バーガーに演じさせてます。まあわからんでもないけど。でもいくらなんでもなあ(嘆)。