学生に薦める本 2008年版

佐々木 寛

私たちの生きる世界は今、文明の底の方から壊れはじめ、軋んだ音をたてています。その音が聞こえますか?また、たとえ聞こえたとしても、聞こえないフリをしていませんか? しかし歴史上、これまで無数に訪れた人類的な <危機> は、常に新しい時代の胎動をも伴っていました。今年度は、この新たな文明の予感、新しい希望のありかを探求するためのテキストをいくつかご紹介します。いずれも、各々の「土地の匂い」を内包するがゆえの普遍性を帯びたテキストです。

『アース・デモクラシー』

ヴァンダナ・シヴァ著 明石書店 2007年
(推薦文1)

副題は、「地球と生命の多様性に根ざした民主主義」。私はいつも、この本を書いたインド人女性の言動に注目しています。世界のモノカルチャー(単一栽培)化が始まる前に、「精神のモノカルチャー」が進行するという彼女の指摘は、とても重要です。彼女が何度も強調する「生命の多様性」こそが、来るべき次の時代のキーワードとなることは間違いありません。

(推薦文2)

どうにも、世間は八方塞がりである。危機や問題が山積みになっているのは分かるのだが、一体それのどこからどう手をつければいいのか、まるで見えてこない。それは、われわれを苛む個々の危機や問題が、もはや文明的な次元にまで深く根を下ろしているからである。しかし、このひとりのインド人女性の声に耳をかたむければ、近年われわれが見失ってしまった希望へのヒントを見出すことができるだろう。彼女の処方箋は、まず近代よりはるか以前の古代の知恵にまでさかのぼり、現在の文明や民主主義そのものを鍛えなおすことである。キーワードは、「生命の多様性」。関係を分断し、権力に依存させ、生命を単一化する私的利益優先の世界とは別の、もうひとつの文明を築くこと。つまり、個々に分断された人間が、仲間と共に連帯し、しっかりと自分の足で立ち、多様性や公共の利益を重んじる世界を創りだすこと。それを生活や生命の根源から実現すること。本書は、この遠大な目標が、彼女の無数の実践例と共に、まさに実現可能であることを指し示している。
[OPAC]

『南の思想 : 地中海的思考への誘い』

フランコ・カッサーノ著 講談社選書 2006年
インドの次は、イタリアから。単に北の文明や近代の残余(欠損)としての「南」ではなく、自立的な価値を持つものとしての「南」を想像/創造すること。それは、地中海の水面のように、ゆっくりと生きる権利。そして波打ち際のように、外部(他者)と内部とをゆるやかに融合させる実践。この本の中から、次の時代のために、同じように内海に生きる新潟の私たちは何を感得できるでしょうか。
[OPAC]

『マルチチュード(上・下)』

アントニオ・ネグリ著,マイケル・ハート著 NHKブックス 2005年
現代の民主主義のための闘いは、おのずと戦争に対する闘いとなる。<帝国>化する世界の中で、人々は、おのずと共通の苦しみを背負うことにより、「マルチチュード(多数性)」として真の連帯の契機を得る――。この底抜けに明るいフランスの知性は、とにかく読者を元気にしてくれます。本書を飾ることばの無数のきらめきは、この本が世界を変革するために書かれているというごく単純な事実に発しています。
[OPAC]

『闘争の最小回路 : 南米の政治空間に学ぶ変革のレッスン』

廣瀬純著 人文書院 2006年
次は、中南米から。私も、先日メキシコ、キューバ、コスタリカを訪れましたが、とくにメキシコで社会運動が人々の生活の隅々にまで根をはっている様子にとても驚きました。徹底的に収奪され、丸はだかにされた人々が「世界を変える」ためには、狭い「政治」をこえて、土地の精霊たちの力を借りなければなりません。本書は時事論集ですが、「読者ひとりひとりのうちにある『闘争の最小回路』によびかける」べく書かれました。
[OPAC]

『永遠平和のために』

イマニュエル・カント著,池内紀訳 集英社 2007年
最後は、カントです。ドイツを生涯一歩も出なかったカントさんは、ことばと思考の力で永遠平和のための諸条件を導き出しました。そのひとつひとつのフレーズは、今読んでも古びていないどころか、どんどんと輝きを増しています。力のある写真と共に、ぜひ噛みしめながら読んでみてください。――「永遠平和は空虚な理念ではなく、われわれに課せられた使命である」(p.49.)!
[OPAC]