学生に薦める本 2008年版

小片 章子(図書館)

『チャリング・クロス街84番地―書物を愛する人のための本』

ヘレーン・ハンフ (編), 江藤 淳(翻訳) 中公文庫 1984.10
「チャリング・クロス街84番地」は、ニューヨークに住む古書好きの女性(ヘレーン・ハンフ)とロンドンのチャリング・クロス街84番地にある古書店マークス社の店員の男性(フランク・ドエル)との間に交わされた書簡だけで編まれた実話である。
 後年、ヘーレンはブロードウェイの舞台やテレビの脚本家として成功するのだが、物書きを生業とするヘーレンがアメリカでは欲しい書物が手に入らず、新聞の広告で見たロンドンのマークス社へ注文の手紙を出したことから手紙のやり取りが始まる。徐々に書物についての価値観やユーモアのセンスを共有する二人の間に深い友情が生まれ、1949年から20年以上に渡って書簡の交換だけの心温まる交流が続く。
読んでいると、戦後のロンドンの「乾燥卵」 (!?) や「絹の靴下」などの物資の事情や、ニューヨークの文化や古書事情が伝わってきて興味深く、二人が顧客と店員という間柄から友人といえる存在になってゆく過程も楽しい。
 何といっても、全篇から二人の「書物」に対する愛情が溢れ出ていて、例え書名や著者のほとんどが未知であっても(翻訳者の江藤淳氏によれば、ヘーレンはセンスがいいそうである。)「書物」を扱う職業の自分を幸せな気持ちにさせてくれる。
 フランクが苦労してヘーレンの欲しい書物を探していた時代から半世紀が経ったが、情報技術の発達した今日でもデータベース化されない類の文献やデータの谷間に隠れてしまっているものがある。それらを勘や嗅覚、技術等を駆使して必要とする利用者へ提供できる事が司書という職業の醍醐味である。力量不足のために失敗に終わることも少なくはないが、その過程は推理小説を読み進むのと似た楽しさに満ちている。
 改めて、修行を積んで腕を磨き「書物」の持つ力で利用者の皆さんと図書館職員双方が幸せになろうと思った1冊である。
[OPAC]