学生に薦める本 2019年版

神長 英輔

『日ソ国交回復秘録』

松本俊一著 朝日新聞出版 2012年
 敗戦後、ソ連とは正式な国交が回復されないまま、10年以上が過ぎていた。この本は領土問題を含む難しい日ソ国交回復交渉(1956年)を成功に導いた外交官の回想録だ。アメリカが日本に加えた圧力や、交渉におけるソ連の柔軟な姿勢も詳しく記されており、史料としての価値も高い。本書から見る限り、外交はきわめて高い技術を要す精妙な工芸のようなものである。2019年現在の日ロ交渉では1956年のこの交渉が事実上の出発点になっている。歴史上の出来事になった今、この交渉はもっと評価されるべきだ。
[OPAC]

『落第社長のロシア貿易奮戦記』

岩佐毅著 展望社 2017年
 この本は「国際交流」や「国際理解」の本質が人と人の一対一のつきあいであることを改めて教えてくれる。目の前の人を信じ、誠意を持って付き合い、仲よくすることからすべてが始まる。外交官の仕事だけが外交なのではなく、商売も留学も観光も外交の一部なのだ。岩佐社長は毎年秋にウラジオストクで開かれる映画祭に関わっているので、本学の派遣留学の学生がお世話になったこともある。世界は狭い。
[OPAC]

『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』

新井紀子著 東洋経済新報社 2018年
 数学者として論理を研究している著者は「AIが人間に取って代わる」という予測を明快に一蹴する。一方で、日本の子どもの文章読解力がいちじるしく低くなっていることを大規模な調査によって実証する。「こどもの」ということは「おとなも」であり、事態は深刻だ。文科省は全国の学校に「アクティブ・ラーニング(能動的な学び)」を取り入れるよう指示しているが、著者によれば、読解力とそれに基づく基礎的な学力や知識がなければ、アクティブ・ラーニングは絵に描いた餅であり、むしろ悪い学びにすらなるという。「たくさんの本を深く読む」という、これまであたりまえの人文学の学びはもっと見直されてよい。
[OPAC]

『無国籍』

陳天璽著 新潮社 2005年
 Peter先生に勧められてこの本を手に取った。華僑華人と無国籍者の研究者である著者は横浜生まれの中国人で長く無国籍だった。この本は日本生まれの華僑として、また、無国籍者としての著者の半生記である。無国籍者は国民国家システムのなかで、生まれながらにして差別的な扱いを受け、不愉快な経験を重ね、不便な生活を強いられてきた。しかし、そうだからこそ、人一倍、多くの人々がまったく気づかない社会の問題に気づき、世界の人々をつなぐこともできる。ユニバーサルデザインのモノはだれにとっても使いやすい。同じように、多様な人々が自由に、心おだやかに生きられる社会とはすべての人が暮らしやすい社会なのだ。
[OPAC]

『国境のない生き方』

ヤマザキマリ著 小学館 2015年

『仕事にしばられない生き方』

ヤマザキマリ著 小学館 2018年
 「いかに生きるか」という問題は、結局のところ、いかにして働き、食っていくか、餓死しないで生きるかということである。絵で食っていきたいと願った著者は、読むのがしんどくなるくらいの苦労を重ねてマンガ家としての今の地位を築いた。マンガ家ほどではないが、学者の道も(とくに最近は)険しい道のりであり、「好きなことで生きていく」ことの厳しさは私もそれなりに知っている。見えない未来に足がすくんだとき、頼りになる一冊だ。
[OPAC]
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『情報生産者になる』

上野千鶴子著 筑摩書房 2018年
 どのように学び、論文や本を書くか。現代日本を代表する社会学者が自分の手の内をあますところなく明かした知的生産の入門書にして解説書である。社会学の手ほどきの本だが、大学のゼミ(演習)授業の進め方についての解説は多くの文系学問の学びに共通するところがある。だから、私もこの本を授業の参考にしているし、国際学部の学生のみなさんにもゼミの「マニュアル」として勧めたい。もちろん、「マニュアル」といっても、本の通りにやってみるのはなかなかたいへんなのだが。
[OPAC]