学生に薦める本 2019年版

佐藤 若菜

『単騎、千里を走る。』(DVD)

チャン・イーモウ 朝日新聞出版 2006年
 本作品は、チャン・イーモウが高倉健主演を念頭に据えて制作したものと言われています。病気の息子がやり残した仕事を代わりに成し遂げるために、高倉健演ずるその父、高田がミャンマーとの国境に近い中国雲南省麗江市へと赴き、中国の人々とともに交流を深めていくという内容です。中国人のキャストのほとんどは現地の人々であることや、麗江市は少数民族であるナシ族が暮らす地域であることも相まって、私はこの作品を見るたびに中国貴州省のミャオ族の農村で調査を行っていた日々を思い出します。もう少し的確に言い換えれば、この映画には、私自身が当時、調査を行うなかで強く感じたことのいくつかが埋め込まれています。
 その全てを文字化するのは難しいのですが、例えば、何か一つのことを成し遂げるにも本当にたくさんの人の協力を得なければ進まないというもどかしさや、その過程においては現地の人々が採用している対話の方法を理解し寄り添うことで新たな道が開かれていくことが描かれています。また、現地の人々とのやりとりを積み重ねるなかで、時に類似した思いを共有できる瞬間があること、また自分の本来の目的を超えて少しずつ相手のために動き出し始めることなど、中国の人々との具体的なコミュニケーションの一端を知るには十分すぎるほどの内容となっています。
 最後に、この作品を通して、高倉健がどれだけ中国の人々に愛されたのかを知ってほしいです。2014年に亡くなった際には、中国の友人から彼の死を悼むメールが届きました(そこには、「欲訥於言、而敏於行」と書かれていたのを思い出します)。寡黙でありながらも、強い意志とやさしさを持つ日本人男性像は、今もなお多くの人々の心に残っているようです。
[OPAC]

『テレサ・テンが見た夢: 華人歌星伝説』

平野久美子著 筑摩書房 2015年
 テレサ・テンを知っているだけでなく、彼女の曲をカラオケで歌ったこともある学生は意外と多いようです。しかし、彼女が日本人の想像をはるかに超えたレベルで、世界中の華人社会にスターとして君臨していたことを知る学生は少ないのもまた事実です。彼女の歌声は、中華民国(台湾)と中華人民共和国(大陸)、ふたつの中国のどちらでも爆発的な人気があっただけでなく、東南アジアをはじめとする世界各地のチャイナタウンにおいても愛され続けてきました。アジア各国でミリオンセラーになった曲はゆうに30をこえ、1976年から1984年までの8年間にだしたアルバムはすべてベストセラーとなりました。テレサ・テンは、全世界の華人社会を結びつけた最初の歌手といえます。
 本書には、彼女の人生について、また彼女が国籍、階層、性別、世代を問わず愛された理由について書かれています。日本では、「つぐない」、「愛人」、「時の流れに身をまかせ」、「別れの予感」など報われない大人の恋をテーマとした曲が多かったのですが、彼女が歌うとどこか爽やかにさえきこえるから不思議です。楽しんでも度をこすことなく、悲しんでも悲痛にくれることなく(樂而不淫、哀而不傷)。私もそんな人間になれたらと思います。
[OPAC]

『淡淡幽情』(CD)

テレサ・テン ユニバーサル ミュージック 2016年
 宋代(960〜1279年)の代表的詩人がつくった12の詞に、台湾と香港の8人の作曲家が曲をつけ、テレサ・テンが歌った作品で、中国の古典文学と現代音楽をみごとに融合させたアルバムと評されています。私が一番好きなのは、「但願人長久」です。個人的な悲しみが、より多くの人々に向けられた願いへと浄化される過程が綴られていて、聴くたびに強く励まされます。
[OPAC]

『男たちの挽歌』(DVD)

ジョン・ウー パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン 2013年
 香港映画といえば、「少林サッカー」などコメディ映画やカンフー映画がよく知られていると思います。1986年、アクションといえばカンフーという香港映画のイメージを一変させ、「香港ノワール」という新たなジャンルを確立した大ヒット作品が、「男たちの挽歌」です。日本のギャング映画とはまた異なるかっこよさを醸し出しています。もともとのタイトルは「英雄本色」で、英題は「A Better Tomorrow」。これに対してつけられた邦題が「男たちの挽歌」とは、センスあると思いませんか?
[OPAC]

『海角七号/君想う、国境の南』(DVD)

ウェイ・ダーション マクザム 2015年
 台湾に旅行に行ったことはあるけれど、台湾の歴史はよく知らないという学生が多いというのはとても残念なことです。台湾本省人であるウェイ・ダーション監督による本作品を通して、約50年間続いた日本統治時代を、台湾の多くの人たちがどのように振り返るのかを知ってほしいと思います。同じくウェイ監督による映画『セデック・バレ』は、『海角七号/君想う、国境の南』とは異なる日本統治時代の別の側面が描かれていますので、ぜひあわせて観てみてください。
[OPAC]

『AI WEIWEI: According to what?』

Ai weiwei 日本写真印刷株式会社 2009年
 艾未未は、 2008年に開催された北京オリンピックのメインスタジアムである北京国立競技場「鳥の巣」を設計したアーティストであり、また政治批判としての中国のポップアートを創り上げた人物でもあります。
 艾未未はこのスタジアムの建設過程を、2005年から2008年にかけて撮影しました。写真のなかにはほとんど人の姿はありませんが、いくつもの季節を経ていることや、昼夜工事が続けられた様子が見られ、そこに確実に関わってきた多くの無名の労働者による手作業の蓄積を連想することができます。
 2008年5月12日に起きた四川大震災では、約9万人の死者・行方不明者が報告されていますが、なかでも校舎の欠陥建設による倒壊で多くの子供たちの命が失われ、彼らのバックパックが被災地の通りに散乱したといわれています。2008年末、艾未未はボランティアとともに、亡くなった児童生徒の名前と実数を、学校と住民を訪ねてまわり調査したそうです。そこから生まれた作品が「蛇の天井」であり、通学用のバックパックを蛇のようにつなげ、展示空間の中心にあるコンクリートの柱を取り囲むようにして天井から吊り下げられました。ともに手をつないで学校に通っていた幼い子供たちを思い出させるようにという願いが込められているそうです。この作品は、2009年に日本の森美術館で展示されました。本書にはこれらの作品が掲載されています。
 彼の作品は「一瞬の出来事」や「個人」に目を向けたものが多く、物事の全体像を構造的に捉えつつ、真珠の一粒のような根源的単位を見失わないというのが彼の世界観だと言われています。中国大陸に残り、中国で生きる一人一人の人権について訴え続ける彼の取り組みから目を離さないことが、私たちにできる最初の一歩ではないかと思っています。関心がある方は、ぜひ映画『アイウェイウェイは謝らない』も観てみてください。
[OPAC]

『阿Q正伝・狂人日記 他十二篇(吶喊』

魯迅 岩波書店 1981年
 魯迅は、中国現代文学において初めて本格的口語小説を発表したことから、中国現代文学の父と呼ばれています。1902年に日本に留学し医学を学び始めたものの、日露戦争をうつした写真のなかに中国人をみかけたことをきっかけに文学の道に転じたという話は、多くの方が知っていることでしょう。中国が近代化に向かうなか、「精神的勝利法」など中国人の愚かさについてあえて言及した『阿Q正伝』は、私たちの心にも突き刺さります。入手困難なものの、映画『阿Q正伝』もありますので、小説と合わせて観るとより理解が深まります。
[OPAC]

『SPIRIT』(DVD)

ロニー・ユー ワーナー・ホーム・ビデオ 2006年
 日清戦争での敗北が色濃く残る清朝末期を舞台に、中国人と日本人が闘うというカンフー映画は数多くありますが(例えば、ブルース・リー主演『ドラゴン怒りの鉄拳』など)、本作品は清朝末期に実在した中国武術家である霍元甲を題材としたカンフー映画です。実在の人物を題材としているものの、事実とは異なる部分が多くあり、その一つとして劇中では霍元甲が日本人に毒殺されます。このシーンは、実際に霍元甲が死去したときに、かつて日本人武術家に勝利したという理由から日本人に毒殺されたのではないかという噂が、当時の中国で広まったことに由来していると思われます。
 私も大好きなジェット・リーのカンフーアクションはもとより、清朝末期を描いた作品としては珍しいラストシーンにも注目して観てほしいです。
[OPAC]

『十年』(DVD)

クォック・ジョン Happinet 2018年

(絶版のため購入できません。)

 台湾人気とは裏腹に、香港は旅行先としてはあまり学生には人気がないようです。私は香港、大好きです。1997年にイギリスから中国へと返還された香港は、特別行政区となり一国二制度のなかで、将来は普通選挙で行政長官を選ぶことができるとされました。しかし、2012年頃から徐々に雲行きが怪しくなり、2014年には中国共産党が支持しない候補を選挙から排除する仕組みを導入することになりました。 それに対して同年、若者を中心に多くの市民が参加した民主化要求デモ、通称雨傘運動が起きました。1989年の天安門事件以来最大級のデモとされています。
 その翌年に映画『十年』は公開されました。5人の若手監督によるショート・ストーリーで構成されており、いずれも10年後の香港の未来を描いた物語となっています。本作品を通して、香港の人々が抱える不安を知るとともに、大学生たちが未来のために立ち上がる姿を目の当たりにし、心が痛みます。同じ悲劇が繰り返されぬことを願うとともに、同じ時代を香港や台湾の大学生たちはどのように生きているのかを知ってもらえればと思っています。関心がある方は、ドキュメンタリー映画『乱世備忘 僕らの雨傘運動』も観てみてください。