学生に薦める本 2019年版

澤口 晋一

『極夜行』

角幡唯介 文芸春秋 2018年

『雪男は向こうからやって来た』

角幡唯介 集英社 2011年

『極夜』

中村征夫 新潮社 2017年
 この男の著作を初めて読んだのは『雪男は向こうからやって来た』だった.すでに『空白の5マイル―チベット,世界最大のツァンポー峡谷に挑む―』を世に送り出していたことは知っていたが,何となく読まずにいた.誰も知らない空白地帯.残しておけ!というおかしな思いがあったのだ.『雪男は向こうからやって来た』はタイトルからしてもう,この男,雪男と遭遇したんだ!ということを確信させるではないか.しかし,結果としては遭遇できなかったのだ.まるで水曜スペシャル川口 浩探検隊のような詐欺的なタイトルだし,なんだか騙されたなあというような思いも,読んだ後にはほんのほんのほんの少しだけするのも事実である.しかし,この雪男へ肉薄しようとする強烈な思いと危険を顧みることにない行動力,そしてそれを描ききる筆力,まったくもって尋常ではない.恐らく,雪男と本当に遭遇していたらここまでは描けなかったのかもしれないし,届きそうで届かなかったこのもどかしさと口惜しさゆえの面白さなのだ,と納得もする.雪男捜索のフィールドはヒマラヤ山脈,ダウラギリ連峰の山中である.
 さて,最新作『極夜行』だ.そもそも極夜とは何か.白夜なら誰でも知っているだろうけれど,その正反対の現象の極夜に関しては「?」という人のほうが圧倒的に多いのではないだろうか.北緯・南緯66.33度以北・以南をそれぞれ北極圏,南極圏と言う.なぜ,66.33度なのかというと,それは地球の自転軸の傾きが23.67度だからである.チコちゃんの問答みたいだが,そのために66.33度の線上では太陽が1年に1日だけ沈まない日(白夜)と沈んだまま(極夜)が出現することになる.そして緯度が高まるにつれてその日数は次第に長くなり,極点に至って一年の半分は夜だけ,昼だけということになる.
 しかも,北極圏内の大半はツンドラの永久凍土地帯で森林などどこもになく,極めて単調な景観が途方もなく広大に展開する.こういう信じられないような世界に住んでいるのがエスキモーやイヌイットと呼ばれる人たち(顔つきは日本人とそっくりだが)である.しかしなぜかこういうところに惹き付けられる人間がいることも確か.何を隠そう私(澤口)もその一人.ツンドラの大地に立つと,妙に落ち着いて精神が開放されるんだなあ.著者の角幡という男もそうなのだろう.
とはいえ,わざわざわ極夜の時期を選んで歩こうとするのは,まさにキチガイ沙汰としか言いようがない.そういう漆黒の世界を数々の不運と失敗を繰り返しながら完遂してしまうのがこの『極夜行』である.北緯77.47度のグリーンランド北西部にあるエスキモーの集落(世界最北の集落)を出発し,約450kmを3ヶ月弱犬ぞりとともに歩き通した壮絶のノンフィクションである.文章には著者特有の理屈っぽさも伴うが,そんなところは読み飛ばしてしまえばよい.それにしても,暗闇,氷河,月の光,これらがつくる幻想の世界.いやあ,オレも経験したい!
もう一冊.中村征夫の『極夜』という写真集.これは著者の中村氏が1977年に報知新聞社から依頼で,約1ヶ月間,暗闇のシオラパルクで現地のエスキモーの人々を撮影したものである.その40年以上も前のフィルムをデジタル技術でリマスターし,新たに出版したものであるという.1枚1枚のモノクロ写真が40年前のエスキモーの人たちの暮らしを伝える,貴重な写真集だ.とは言え,写真は光がないと撮影できないうえ(何しろ真暗なのだ),カメラは基本的に寒さに弱い.そのことからくる苦心は並大抵ではない訳だが,そういうことも含めて1枚1枚に真実が宿る.それにしてもマッタちゃんとトクミンゴちゃんの愛らしさったらもう,これだけで目頭が熱くなるほど感動しますよ.
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『山本直純と小澤征爾』

柴田克彦 朝日新書 2017年
岩城宏之と山本直純との交友については,岩城自らの著作である『森の歌』などによってよく知られている.一方,山本直純の「オーケストラがやって来た」という昔のテレビ番組に小澤もよくゲスト出演していたことから,山本と小澤もまた岩城と同様に親しい仲であったことは間違いない.しかし両者の関係については,これまで自らが著したものはもちろん,ライターによる評伝もなかっただけによくわからないところがあった.
 そのかゆいところを埋めたのがこの本である.帯には「埋もれた天才」と「世界の巨匠」と銘打たれている.一応両者を同等に扱った本ではあるが,小澤についての書籍は既に何冊も出ており,人となりについてはほぼ語りつくされた感がある.そのため小澤の部分には特に新鮮味は感じられないのだが,山本についてはこれまで語られてこなかった(特に晩年については)ことも多くあり,ようやくにしてこの音楽家の本当の実力がわかった,という点で得るものが多かった.やっぱりしっかりと再評価されるべき音楽家なんだと思う.男はつらいよ,だけではないのだ.
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『発掘狂騒史 ―「岩宿」から「神の手」まで―』

上原善広 新潮文庫 2018年
 この本によってやっと日本最大の学術的捏造事件が私のなかでしっくりと収まった気がする.事件が発覚するまでの考古学をめぐる学者と在野(という言い方も何だが)の人達の人間模様と確執が,著者の執念といってもいいほどの綿密な調査と事件当事者である藤村新一への直接取材とによって生き生きと描かれている.そしてこの1冊で日本の考古学の道のりの多くが理解できるという点でも,考古学という分野に少しでも興味がある人にはぜひ読んでもらいたい(のだが・・・).
 実は,全編にわたって重要な意味をもつ人物の一人である杉原荘介氏(というか,先生)には,私(澤口)は明治大学で実際に教わってもいる.最後のほうに登場する息子の杉原重夫氏は,私の学生時代からよく知る地理学の先生でもある.最大のキーマンである芹沢長介氏は明治大学出身で,杉原(荘介)先生の後輩であるが,日本で始めて旧石器を発見した相沢忠洋氏をめぐって対立し,杉原先生と袂を分けて東北大学に移った人である.事件を引き起こした藤村はここで芹沢氏と知り合うことになる.詳細を書いていたら大変なことになるので,関心のある人は,以前このコーナーでも推薦した『発掘捏造』とともに読んでみて欲しい.
 最後に,ここまで調べ上げた著者の上原善広氏に最大限の敬意を表したい.
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『イザベラ・バードと日本の旅』

金坂清則 平凡社新書 2014年
 いや,うかつだった.こんな本が2014年に出版されていたとは!しかも著者の金坂氏は京大文学部の地理の先生ではないか.イザベラバ・バードとは,明治の日本を伊藤という従者を伴って一人で東北から北海道まで旅をしたイギリス人の女性紀行作家のことである.その際の記録を『日本奥地紀行(Unbeaten Tracks in Japan)』というタイトルで当時のイギリスにおいて出版した.同じ時期に外国人男性によって書かれた日本に関する書物はいくつもあるのだが,読んでいて面白いのはこのバード著の『日本奥地紀行』だけである.それはもちろんバードという人の才能に基づくところが最も大きいのであるが,それとともに女性の目という点も見逃せないと私は思っている.とにかく細かいところまで目が届く.当時の庶民の一挙手一投足が少々の皮肉を込めて手に取るように描写されるのである.明治という時代を語るとき,バードの『日本奥地紀行』は庶民の時代考証資料として大変に貴重な書物である.
 さて冒頭で,うかつだった,と書いたのは,これまで私が読んできた高梨健吉訳の『日本奥地紀行』は実は,イギリスで完全版が出版された後に簡略版として出版されたものであったことが,金坂氏のこの本を読んで初めてわかったためである.しかも,名訳だと思って読んでいた高梨訳には,金坂氏によると誤りが多いのだという.高梨訳の簡略版でも529ページに及ぶのだが,金坂氏の訳した完訳本はなんと全4巻1668ページにも及ぶ文字通りの大著である.これを読まなければ『日本奥地紀行』は読んだことにはならないのだ.ということで早速買い求めて現在読み進めている最中である.
 前置きが長くなってしまったが,今回紹介する『イザベラ・バードと日本の旅』は,イザベラ・バードの生涯を,日本の旅を基本に沿えて,かなり細かな点まで,著者の考えをも含ませつつ論じたものである.なぜバードが日本の奥地を旅することになったのか,そして意外にもバードは非常に病弱で,旅によって健康を回復していた,という事実も明らかにされていく.まさにバード研究にかけた金坂氏の面目躍如たる書物である.この本が英訳されて本家のイギリスで出版されたら大きな反響があるだろうと思う.
 ところで,今,新潟ではイザベラ・バードが熱いのですよ.「イザベラ・バード研究会」という組織もできて,新潟でバードが足跡を印したところを全6回にわたって歩くという企画まで立てられ,着実に歩んでいるのです.金坂氏も新潟に何度も足を運ばれて,研究会の方々と方々一緒に歩かれている.金坂氏は新潟市こそイザベラ・バード研究の拠点にふさわしいとして大きな期待を寄せられている.地理学者として私もこの流れに乗り遅れないようにしたいのだが・・・.
[OPAC]