学生に薦める本 1996年版

玉木 將二郎

「城砦」

A.J.クローニン著 竹内道之助訳 三笠書房
世界的ベストセラー作家であるA.J.クローニンの「城砦」は、これから社会に羽ばた こうとする若者をはじめ、社会の中枢に位置する人人まで、ひろく読んで頂きたい本 である。社会に生きる人達は誰しもが、自分を取り巻く組織、環境という大きな流れ があることを意識しなければならないが、一方、人間として生きるためには、敗れる ことを知りながら戦いを挑むこともあるということを知ってもらいたい。

1920年代のイギリス医学界を舞台としているが、人間として生きるということは、 当時も今も忘れてはならないことで、爽やかな読後感を残す名著である。

「宇宙からの帰還」

立花隆著 中央公論社 中公文庫にもあり
アポロ計画で宇宙体験をした飛行士たちの体験をまとめたもの。その中には月に到達 したアポロ11号、月へ行く途中で爆発事故に会ったアポロ13号の乗組員も含まれてい る。私が興味を持ったのは、宇宙体験をした宇宙飛行士の多くが、神秘体験というか、 宇宙空間に存在する神を意識したという点である。同時に、地球を含む全宇宙が偶然 に作られたものでなく、統一されたあるパターンにしたがって調和しているある存在 であり、それに比べると、地球も大した存在でないし、人間も大した存在でないこと が分かったという点である。これは人類にとって全く新しい観念とも言えるのではな かろうか。人が狭い自我意識から広大な宇宙意識へと拡大していくと、日常の些細な 問題に囚われなくなり、リラックスした状態で立ち向かうことができるのではなかろ うか。

「百足ちがい」 

山本周五郎著 新潮社 新潮文庫「深川安楽亭」
大人の童話といった短編小説だが、一回読んだら不思議と忘れられない。なんでもゆっ くりして間に合わない「一足ちがい」の上をゆく「百足ちがい」というあだなをもっ た男の話。小さいときから、大人物の和尚さんに「怒ることがあったら、三日考えて からにしろ、三日で足りなければ三ヶ月待て、それでも足りなければ三年待て、それ から怒ってみろ。」といわれ、三年たって相手のところへいってみたら、相手がすっ かり変わっていた。そして、自分はいつの間にか殿様の側用人になっていたという、 おとぎ話し。現代のような変化の烈しい時代にこそ読まれて欲しい。ミヒャエル・エ ンデの「モモ」(岩波書店、大島かおり訳)に似ている。

「唐詩選詳説」上下

簡野道明著 明治書院
高校時代に、当時の新潟医大の教授で、俳人としても有名な高野素十先生にすすめら れて読んだのが最初で、その後、手許において時々読んでいる。簡野道明の解説はそ れは詳細で、なかなか読み通すというわけにはゆかないが、眺めるだけで、さすが文 章、文字の国、中国の古典詩人の一端に触れる思いがする。