学生に薦める本 2006年版

越智 敏夫

いきもの大自然寄稿5編。現代日本の若年層にとっての不幸は「かわいさ」以外の価値基準を表明しにくいことだ。「かわいい」と1回言うたびに人間の脳細胞は6千万個ぷちぷちと減る(嘘)。かわいくない生き物こそ本当の他者である。人は人でないものと出会うことで自らを知る。ということで人間と動植物の邂逅を描いた傑作を。『我輩は猫である』と『動物農場』はあえてはずす。ウラ技『地球幼年期の終わり』も除外。3作とも必読の快著ではあるけれど。

『地球の長い午後』

ブライアン・W・オールディス 早川書房 77.1
現在から数億年後の地球。惑星としてのエネルギーが減退し自転は停止。常に太陽に向いている半球上では数千メーターの高さまで巨大な熱帯植物群が生い茂り、残りの半球は陽もささぬ零下の暗黒。高度に進化した植物は動物を餌として地球を支配。なかには自由に移動する能力まで備えて捕食活動にいそしむものも。我らサル目ヒト科は酷暑と酷寒のあいだの狭い地帯に身を隠し、草木にぱくぱく喰われながらかろうじて生存。さらに一部の植物はなおも巨大化、宇宙空間さえ超え、月と地球は植物の蔓で固定されるにいたる。はたして人類は生き残れるのか。妄想と空想の境界。この世界観に圧倒される幸福。菜食主義者に幸あれ。
[OPAC]

『死の国からのバトン』

松谷みよ子(司修・絵) 偕成社 1976.2
人が猫に会う。ところがその猫は鼻先を地につけて独楽のように舞い、狂死する。それを笑いつつも恐れおののいた人間は、猫の中枢神経に有機水銀が蓄積されていたことをまだ知らない。有機水銀は昭和電工という「優良」企業から垂れ流されたものであり、そのときにはすでに猫の飼い主である人々の脳のなかにも蓄積されていた。阿賀野川流域に発生した新潟水俣病である。企業は悪魔の所業を繰り返し、政府は嘘をつく。自治体は無能さをさらし、無辜の被害者は差別される。大学の研究者、医者たちも分裂する。死の国からのバトンは誰に渡されたのか。新潟を舞台にした絵本では無比の美しさ。泣くことさえできない悲況の底への愛惜。『ふたりのイーダ』ではじまった直樹とゆう子兄妹の悲劇めぐりの旅はまだまだ続く。
[OPAC]

『山椒魚戦争』

カレル・チャペック 早川書房 1998.11
もし山椒魚が人間とコンタクトをとったらどうなるか。この異能のチェコ人作家は本作をユートピアとしてではく「人間の現実」として書いたという。本書の発刊から2年後、ヒトラーはチェコスロヴァキアからズデーテン地方を掠奪、ミュンヘン会談の宥和を経て2度目の世界大戦は目前に迫る。ナチスが攻撃し、ソビエト共産党も改竄した天下の奇書。予備知識なしで読んだほうが面白い。この邦訳新版に付随の「作者の言葉」や訳注、解説などは絶対最後に読むこと。特に訳注でネタばらしをしているのはルール違反だし、エスペラントについての解説は原著者の意図を曲解していると思う。ところでこのチャペック発案の「ロボット」という用語を私たちはあまりに能天気に使ってないだろうか。慙愧に耐えないハンザキの心を知れ。
[OPAC]

『蟻』

ベルナール・ウェルベル 角川文庫 2003

『蟻の時代』

ベルナール・ウェルベル 角川文庫 2003

『蟻の革命』

ベルナール・ウェルベル 角川文庫 2003
人間に魂があるのなら蟻にだって魂はあるはずだ。蟻の自意識。彼らは記憶を持つか。コミュニケーションの方法は。階級社会なのか。性行為の意味は。どうやって分家するのか。人間に対する認識は。蟻にとって神とは。この豆腐のようにぶ厚い文庫本3部作を読み終えるとき、あなたは蟻を踏み潰すことを恐れて路上を歩けなくなる。SFでもミステリーでも、ましてやファンタジーでもない。「不思議」としか言いようのないエンターテインメントの綾。映画化しようとする無謀な金持ちがいたらびっくりするが。でもこんな小説書く人がいるなんて、人間社会も捨てたものではない……と思うのは蟻にとってはもっとも良くない読み方か。
[OPAC]
[OPAC]

『Watchers』

Dean Koontz Berkley Publishing Group 2003, c1987
アメリカ軍が遺伝子操作で作り出した生物二体が施設から逃走。一匹の外見はゴールデンレトリヴァーのまんま。しかし知能は人間以上。識字力あり。善悪まで判断可。もう一匹は意図的に醜悪に作られた巨躯。類人猿の体に狼の頭部。発達した知性は残虐さと狡猾さ以外には向けらず、近よる生物を意味もなく殺戮しつづける。すべての者に愛される「善」とすべての者に嫌われる「悪」。この二匹が相互に感応しつつ初夏のサンフランシスコ郊外、暗闇を疾走する。死体の山が築かれるなか金の匂いをかぎつける裏組織。冷酷なヒットマンは野望をめぐらし、政府はすべてを抹消しようとする。ベストセラー量産マシーン、クーンツの本領発揮。このアメリカ版「アトム対プルートゥ」の面白さは原著で読まなければもったいない。翻訳は絶版だし意地でもいいから英語で読め。人生、意地を捨てたらおしまいだ……というお話でもあります。
[OPAC]