学生に薦める本 2006年版

長坂 格

『アンダーグラウンド』

村上春樹 講談社 2003.9
 1995年の地下鉄サリン事件の被害者への聞き取りが600頁以上にわたって記されている。村上春樹なら、研究者がうまく言語化できないようなことも言ってくれるのではないかと期待して読んだが、最後の彼のまとめよりも、むしろ彼が掬い取り、作品化した被害者の言葉の方が印象深かった。オウム真理教信者にも、地下鉄でサリンを浴びた人達にも私と同世代の人がたくさん含まれていた。今大学生である皆さんはこの本をどう読むのだろうか。
[OPAC]

『大洪水で消えた街』

加藤薫 草思社 1998.5
著者は、フィリピンのレイテ島で1991年に起きた大洪水が、なぜ8000人もの死者を出したのかという疑問を、聞き取りを積み重ねることによって少しずつ解きほぐしていく。慣れない土地で、農民、地主、商人、政治家など様々な種類の人々に話を聞く苦労は並大抵ではなかっただろう。本書からは、フィリピンの庶民の暮らしを垣間見ることができるし、開発という波が様々な種類の人々を暴力的に飲み込んでいく様子も読み取ることもできるだろう。
[OPAC]

『出発点1979-1996』

宮崎駿 徳間書店 1996.7

『風の帰る場所:ナウシカから千尋までの軌跡』

宮崎駿 ロッキングオン 2002.7

『栽培植物と農耕の起源』

中尾佐助 岩波書店 1984.7

『稲作以前』

佐々木高明 日本放送出版協会 1971.9

『宮崎駿の<世界>』

切通理作 筑摩書房 2001.8

『日本の歴史を読みなおす』

網野善彦 筑摩書房 2005.7

『千と千尋の神隠し』

宮崎駿監督 スタジオジブリ (制作)

『となりのトトロ』

宮崎駿監督 スタジオジブリ (制作)

『もののけ姫』

宮崎駿監督 スタジオジブリ (制作)
 宮崎駿が好きな人達にとっては当たり前のことなのかもしれないが、最近、様々な時期に書かれた文章や対談を集めた彼の『出発点』という本を読んでいて、彼が照葉樹林文化論に大きく影響を受けたということを知った。そこら辺の事情は、宮崎監督へのインタビュー集である『風の帰る場所』でも述べられている。参考図書コーナーにもある文化人類学事典によると、照葉樹とは、葉の表面が光っているカシ、シイ、クス、ツバキなどのことであるが、ヒマラヤの中腹から雲南、東南アジア北部、西日本などに分布しており、その地域の生活文化には共通性が見られる。これを照葉樹林文化という。

 これまでアニメ映画はほとんどみたことがなかったが(というか映画一般もあまりみないが)、学生時代に、照葉樹林文化論なるものにほんの少しだけ触れていた私は、宮崎駿が照葉樹林文化論に影響を受けていたという事実にちょっとした興奮を覚えた。本と並行してDVDで『千と千尋の神隠し』をみてみた。なるほど、照葉樹林文化論で指摘されていたアジアのアニミズム的世界がこのように表現されているのかと思った。そういえば昔見た『となりのトトロ』(私はある学生にトトロに似ているといわれたが)にも、その雰囲気があった。切通理作の『宮崎駿の<世界>』に書かれていて気づいたのだが、思い出して欲しい。サツキとメイがトトロに出会うまえには、照葉樹林のメタファーともいえる<どんぐり>がいつも出てきたことを!

 照葉樹林文化論については、まずは、日本が嫌いだったという宮崎監督を、東アジアに連なる日本の民俗社会へと誘った、中尾佐助の『栽培食物と農耕の起源』の中の「照葉樹林文化」の章を読むとよいだろう。ついでに読みやすい『稲作以前』を読んでみよう。これらの本だけを読んで面白いと思う人は、私と一緒に東南アジアで焼畑の調査でもしてみるのもよいかもしれない。でも皆さんの多くには、『出発点』とこれらの照葉樹林文化や日本の焼畑文化を論じた本を読んだ上で、『トトロ』と『千と千尋』を見てみることをお薦めする。
 ついでだが、宮崎監督も著書の中で言及している網野善彦の『日本の歴史を読みなおす』も読んで欲しい。『もののけ姫』(実は私は見ていないのでいつか見ようと思っている)でタタラ製鉄集団が題材とされた理由の一つがそこに見つかるだろう。日本の焼畑や芋がゆに着目した照葉樹林文化論、日本史の中で非農民の世界に着目した網野善彦の著作、これらをこなせば、もしかしたら宮崎ワールドを今までとは違った視点で見ることができるかもしれない。
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