学生に薦める本 2018年版

神長 英輔

『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)

内田樹(著) 文藝春秋 2002年
 寝ながら本を読むと首を痛めるし、すぐに集中力も欠く。だから、この本はおすすめだが、寝ながら読むのはすすめない。ただし、学びの道は「寝ながら学ぶ」くらいの構えがよい。人は楽しいから学ぶのであり、かしこまった学びは長続きしない。
 構造主義って何、どうして構造主義を学ぶの。それは聞かないでほしい。読み終えたら答えが出ている。少しは学んでよかった、と。
[OPAC]

『生きるための論語』(ちくま新書)

安冨歩(著) 筑摩書房 2012年
 生きるのは難しい。私も不惑を過ぎても人生に惑いっぱなしだ。少年老い易く学成り難し。寸鉄人を刺すとはこのことだ。
 生きることは、即、学ぶことである。学びて時にこれを習う、またよろこばしからずや。安冨先生によれば、孔子のこの一言は「生きるとは学ぶことである」ことを説いたものであるという。そのとおりだと思う。
 子どもは遊びながら世界について学ぶ。人には遊びながら楽しく学ぶ能力が生まれつき備わっている。岡本太郎は「世界が退屈だから創るのだ」と言った。私も退屈だから学ぶ。学び続ける限り人生は楽しい。本学の学生もみな楽しく学んでほしい。
[OPAC]

『トレブリンカの地獄 ワシーリー・グロスマン前期作品集』

ワシーリー・グロスマン(著) 赤尾光春・中村唯史(訳) みすず書房 2017年
 私は戦争を直接経験したことがない。しかし、私は昭和の子どもである。昭和の末の子どもたちは、核戦争の危機に震えながら、戦争に巻き込まれないで済んだわが身の幸運をかみしめながら育った。父母たちには戦争やその直後の記憶があり、祖父母たちは戦争の死者かその生き残りだった。
 2018年のアカデミー賞で話題となった、ウィンストン・チャーチルの映画がある。その映画の宣伝には「ヒトラーから世界を救った男」などとあるが、少々持ち上げすぎである。確かにイギリスの人々は多くの犠牲によく耐え、勇敢に戦った。しかし、第二次世界大戦のヨーロッパの主戦場はソ連であり、ナチズムのドイツと正面切っての死闘を続け、2700万人もの命と引き換えにドイツを劣勢に追い込んだのはソ連の名もなき兵士と市民である。そして、ユダヤ人虐殺の最大の被害者もソ連の市民である。ウクライナのユダヤ人人口はこの戦争で50分の1に激減した。つまり、100人のうち、2人しか生き残れなかったのである。
 戦争とは何か、差別とは何か。自分が加害者になる前にこの本を読んですべてを知ってほしい。嫌韓、嫌中と言って恥じないような差別主義がたかだか数十年前にどれほどおぞましいものを生み出したのかを。
[OPAC]

『ヒトラーの娘たち ホロコーストに加担したドイツ女性』

ウェンディ・ロワー(著) 武井彩佳(監訳) 石川ミカ(訳) 明石書店 2016年
 戦争はあらゆる人々を巻き込む。戦争は兵士だけが参加するものではない。子どもも老人も女性も巻き込まれる。巻き込まれるどころか、積極的に旗を振り、もろ手を上げて参加し、そして戦後はだんまりを決め込む。
 ドイツの多くの女性たちは差別主義の教育を受けたすえ、ナチズムの戦時体制に協力し、積極的に大量殺人に参加していった。みなふつうの善良な女性たちだったはずだが、いつのまにか、収容所から逃れてきたユダヤ人の子どもたちを、薄ら笑いを浮かべながら撃ち殺すようになった。ふつうの市民が熱狂的に戦争を支持し、やがては狂ったように人を殺しはじめる。それが戦争である。けっしてひとごとではない。
[OPAC]

『芸術人類学』

中沢新一(著) みすず書房 2006年
 ロシア語同時通訳者で作家の米原万里は『打ちのめされるようなすごい本』という本を書いた。わかる。私もときどきそういう本に出会う。「打ちのめされる」のだが、別に心に痛みを覚えるわけではない。ただ立ち尽くして呆然とするような、そんな感動をかみしめるのである。
 この本は私にとってそんな本の一つである。必ずしもよく理解できたわけではないが、それでも、あれもこれもわかったような気になり、自分も新しい学問の創造に参加しようという大それた気にさせてくれる。人文系も社会系もあらゆる学問は専門化の一途をたどっている。それはしかたのないことだが、ときどきはこういう本を読んで、大学に入ったばかりのころのような知的な勇気を取り戻したい。そしていずれは自分もそういう本を書いて若い誰かを励ましたい。
[OPAC]

『文学理論〈1冊でわかる〉シリーズ』

ジョナサン・カラー(著) 荒木映子・富山太佳夫(訳) 岩波書店 2003年
 人文系の学問とは広義の文学である。国際学部の学生の卒業論文を読んで思うのは、広義の文学の対象となっているものに関心があるものの、方法としての文学を知らないまま論文を書いて卒業している人が多いということである。大学に入ったら、まず、自分について知ってほしい。私は何が知りたいのか、何に関心があるのか、どのような学問を学べばその問いに答えられるのか。長々と楽しく考えてほしい。
 学問は知識であると同時に、知的な方法である。新鮮な食材が豊富にあったとしても、料理の道具と経験がなければ生のまま食べるしかない。知的な技術としての学問を意識し、自分の問いは「何学」で解決できるのか、これまた楽しく考えてほしい。
[OPAC]

『読書の技法』

佐藤優(著) 東洋経済新報社 2012年
 なぜ読書なのか。どのように読むのか。佐藤先生は読書で得られる利益と具体的な読書の方法を「功利主義者として」解説している。
 読書の技術と方法とは書く技術、つまり学問の技術でもある。私も学問の技術には並々ならぬ関心があり、この本にはずいぶんと影響を受けた。この本が出版された2012年からすでに6年がたち、情報技術はさらに進歩した。それでも読書の重要性は変わらない。メモやノートのとり方、保存や利用については新たな技術をどんどん応用すればよいが、本を読んで考え、よい情報を書きとめ、それをもとに書くという学問の技術の根幹はまだ変わらない。
[OPAC]