学生に薦める本 2018年版
澤口 晋一
数年に一度は水害に見舞われる越後平野に生まれ育った学生の皆さんが,水害や治水ということに対して無知無関心のままであってはいけないはずである.
ここに挙げた3冊の著者である大熊 孝氏は,河川工学を専門とし新潟大学で長年教鞭を執られた方である.現在は,新潟市潟環境研究所所長,新潟水辺の会代表など,市民とともにあゆむ市民工学者としての顔もあわせもつ.
水害は,多量の雨が降ることが最大の原因であるが,雨が降っただけでは水害にはならない.水害はほとんどの場合,川の堤防の高さを水かさが上回ることで堤防が決壊し,そこから人の住む空間に水があふれ出ることで生じる.水があふれないようにするには堤防を高く強固にし,上流には大きなダムを造るしかない.日本の河川行政や河川工学は,こうした考え方で戦後ずっとやってきた.
その成果もあり,今回の西日本豪雨災害のような例はあるのだが,全体として水害は確かに減少した.しかし,一方で,日本中どこに行っても,川はコンクリートの3面張りで堤防から水面まで降りることさえできない.上流にはこれまたコンクリートの塊であるダムが立ちはだかる.そこには川本来の自然などどこにも見当たらない,という状況をつくりだしてきた.
私が幼少時に遊んだ川は,魚,昆虫,植物等々,無数といってよいほどの生物が棲み,それは山の比ではなかった.当時はそういう川がまだいっぱいあった.ところが,今は山奥の源流部に行かない限り,こうした川はなくなっている(源流部にさえ砂防堰堤がつくられてしまっていることも多い).わが国で自然破壊が最も進んだのは,実は川なのである.
さて,日本の河川工学,河川行政の主流は,上記のようなハードな建造物による治水であり,それは川が本来もつ性質=自然をほぼ殺してしまうことで成し遂げられる治水である.ところが,大熊氏の考える川と治水の在り方はそれとはまったく異なる.大熊氏は『川とは,地球における物質循環の重要な担い手であるとともに,人にとって身近な自然で,恵みと災害という矛盾のなかに,ゆっくりと時間をかけて,地域文化を育んできた存在である』と川を定義する.
ここから発想される河川工学者らしからぬ自然と川の捉え方そして治水のありかたこそ,これからの日本の自然再生のあるべき姿ではないかと思う.日本の河川行政がこうした方向性をとっていたならば,今とは全く異なる豊かな川=自然が,日本のそこかしこに広がっていたに違いない.3面張りの川,生物の行き来を遮断しヘドロをためるダムももういらない.
ところで,みなさんの川に対する思い,イメージとは果たしてどのようなものであろうか.
『川がつくった川,人がつくった川』
- 大熊孝(著) ポプラ社 1995年
『洪水と治水の河川史 : 水害の制圧から受容へ』
- 大熊孝(著) 平凡社ライブラリー 2007年
『技術にも自治がある』
- 大熊孝(著) 農山漁村文化協会 2004年
『河川工学者三代は川をどう見てきたのか : 安藝皎一、高橋裕、大熊孝と近代河川行政百五十年』
- 篠原修(著) 農文協プロダクション 2018年