学生に薦める本 2015年版

澤口 晋一

『猟師の肉は腐らない』

小泉武夫著 新潮社 2014年
「とにかくその男と山の中で見たこと,聞いたこと,体験したことが,どれをとっても今の日本からは消えてしまった貴重なものばかりであって,俺一人の知識としてとどめておくことは,とても気がとがめ,その上,もったいないことだと思い,以下にその話を始めることにする」というくだりから話は始まる.
この本,一種の探検物語でもあるし,生態学の生きた教科書でもあるし,民俗文化を伝える教科書としても第一級品であることは間違いない.
こんなにも面白い本はこれまで読んだことがない,と思うほどに面白い.残りページが少なくなるのが惜しくてたまらなくなってしまう,なんていう本はめったにないものだが,これはその代表だ.ここまで面白いと他人に教えるのがもったいない,一人占めしたくなる.が,著者が「俺一人の知識としてとどめておくことは気がとがめ,もったいない...」と書いているんだから,教えないわけにはいかないなあ.
この本は,著者の友人で,義っしゃんこと猪狩義政という八溝山地(茨城・福島・栃木にまたがる)の山奥に一人で暮らす猪猟師を訪ね,延べ10日ほど一緒に山野を歩き回って経験したことを描いたものである.自然の中で狩猟を中心に自給自足の生活を営む,その知恵と豊かさと面白さが,目に見えるような筆致で描かれる.
著者の小泉武夫の筆力には心底脱帽.
[OPAC]

『犬と、走る』

本多有香著 集英社インターナショナル 2014.4
著者は小針中卒業の生っ粋の新潟っこ.岩手大学農学部3年生の時に格安チケットでカナダはイエローナイフにオーロラを見に行く.しかし,現地で魅せられたのはオーロラではなくて,なんとアラスカンハスキー犬の曳く犬ぞりだった.この人の人生はここから大きく変わっていくことになる.
一旦は新潟県土地改良事業団体連合会というところに就職するのだが,2年半で辞め,貯めた貯金を持ってカナダに犬ぞりをするためだけに,一人で旅立ってしまう.そこからの波乱万丈!何の飾り気のない朴訥とした文章でつづられたガチ(若者言葉を使いました)なノンフィクション.
う~ん,ここまでやるのか,なんてヤツなんだ.現在,43歳.カナダはユーコンテリトリーのホワイトホースから50㎞も離れた誰もいない山の中で26匹の犬と暮らし(一人で),毎年犬ぞりレースに参戦する,愛嬌満点のツワモノ.
この本で出てくる地名のほとんどの所に行ったことがある私としては,彼女の曳く犬ぞりの後を追っかけている気持ちになってきて,それはそれでまた面白かったなあ.犬と生きる.
[OPAC]

『行かずに死ねるか!―世界9万5000km自転車ひとり旅 』

石田ゆうすけ著 幻冬舎文庫 2007年
一台の自転車で世界9万5000キロを7年5か月かけて,一人で走り抜いた,ツワモノ.この間,一度も日本に帰って来ていないというのもまたすごい.
人情に涙し,病気に伏せ,自然に感動し,死ぬ思いもし,色んなことがびっしりと詰まった7年半の私的冒険記.
特大スケールの描写から鋭い観察力によって生み出される小さな感情の変化までを臨場感あふれる筆致で描く.素晴らしい.これまたコロっと参ってしまう.
石田さんは既に何回も新潟に来られ,数回酒の席もご一緒させていただいている.ちょっと見では,きゃしゃな感じの体つきで決してごつくはない.それなのにどこからあんな力が湧いてくるのか.体力とは意思の力なんだなあ.
石田さんは,この後,続々と自転車旅行の本を出版されており,そのどれもが実に面白い.自転車と生きる.
[OPAC]

『オーロラ』

河内牧栄著 誠文堂新光社 2015年
牧栄さんとは,2004年にアラスカで知り合って以来のお付き合いだ.アラスカ中部のフェアバンクス郊外の山中に自分で造った居をかまえ,奥さんと中学生の息子くんとの3人暮らし.家には,電気も水道も風呂もトイレもない.しかも冬は氷点下40~50℃.そんな中で大自然に囲まれて,幸せに一所懸命に暮らしている.
牧栄さんはこの本では写真家ということになっているが,本当はアラスカの北方地方専門のガイドなんです.しかし,絵を描いたらプロ級,根っからのエンターテナー,写真は,あっこれでプロってことになったか.椎名誠さんの怪しい探検隊会員.
小さくて可愛い写真集ですが,掲載されたオーロラはさすがに現地に暮らす人の撮ったものだけあって,素晴らしい.是非手にとってみてください.アラスカという生きかた.
[OPAC]

中野 雄著

『小澤征爾 覇者の法則』 文春新書 2014年

『ショスタコービッチ 交響曲第5番』(CD)

サイトウ・キネン・オーケストラ ユニバーサルミュージック 2009.7
小澤征爾という指揮者を知っていますか?日本を代表するというより,世界を代表する指揮者の一人といっていい存在.日本のクラシック音楽史においては空前絶後的な存在.
小澤征爾について書かれた本は,本人執筆のものも含めて,けっこうな数に上ると思われるが,その中にあって小澤征爾という人間の生い立ちと生き様を,最も説得力をもって描いた書物.著者の鋭い分析が興味深い.
クラシック音楽にも小澤征爾にも興味がない人に勧めるのも躊躇するが,世界でも最も有名かつ日本人としてかつてない高みに登りつめた(これからも出ないであろう)人物の人生とはどのようなものであるのか,外野的な感覚で読んでみるのもいいのではないか.
私が最も推薦する小澤のCD:ショスタコービッチ交響曲第5番.サイトウキネンオーケストラ.
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[OPAC]

『美味しんぼ「鼻血問題」に答える』

雁屋 哲著 遊幻社 2015年
記憶している人も多いと思う.例の『ビックコミックスピリッツ』の「美味しんぼ」において山岡が鼻血を流すくだりである.大きな社会問題となり,著者の雁屋は世間から強烈なバッシングを受けた.この問題,原発問題をずっと追いかけてきた私にとっては,やはりそうなったか・・・と思える展開をたどった.つまり,事故は終息し,福島はもう安全,問題ありません,(だから再稼働も進めます)というプロパガンダに逆に利用されてしまった,のである.しかし,本当に福島は再生したのか.それならなぜ小児甲状腺ガンの発病がこれほどの数になってきたのか,納得いく説明は聴かれない.事故とは無関係というのならその証拠をしっかり出す必要がある.この本は福島の現状について,著者自身による現地調査に基づく渾身のレポートで,ひじょうに読みごたえがある.著者の雁屋は東大で量子力学を学んだだけあって,内部被曝に関する考え方はICRPの公式見解よりはるかにわかりやすく説得力がある.世界に向けて大ウソ(詐欺といってもよい)をついた総理大臣を始めとした多くの政治家,政府役人,そして御用(医)学者の言説がいかにひどいものかが良くわかる.本当の風評とは何か,鼻血は出るべくして出たのである.広く一読を進める.
[OPAC]