学生に薦める本 2020年版

吉澤 文寿

『何が私をこうさせたか―獄中手記』

金子文子 岩波書店(岩波文庫) 2017年
 原書は1931年に春秋社から刊行された。2019年に『金子文子と朴烈』という韓国映画が日本で上映されたが、天皇の代替わりの年にこの映画がヒットするという現象をおもしろく感じたものだった。金子文子は無政府主義者の朴烈とともに獄中生活を強いられたとき、判事に命じられ、自分の過去の生い立ちを記して、裁判資料とした。この本を読むと、連続する不遇の中から生きることへの渇望を原動力にして、自らを苦しめた社会への批判と共に人間として自立した精神を培ってきた著者の魂に触れる思いがする。
[OPAC]

『ハングルへの旅』

茨木のり子 朝日新聞出版(朝日文庫) 1989年
 原書は1986年に朝日新聞社から刊行された。今の学生たちがこの本を読むと、「韓国語を勉強する」ということに対する感覚の違いを感じるだろう。私は1988年のソウルオリンピックの後に韓国語を習い始めたのだが、そのときでさえもマイナーな外国語であった。かつては外国語を学ぶといえば、英語やフランス語といわれた頃に、著者は「なぜ韓国語を学ぶのか?」という問いに、「となりの国の言葉ですもの」という答えを見いだした。無難に見えるこの答えは、実のところ著者ほどに言語やその言語を用いる人々の文化に対する学習意欲や敬意の深さがあって初めて生まれたのである。
[OPAC]

『感染症と文明』

山本太郎 岩波書店(岩波新書) 2011年
 同姓同名の政治家がとても有名だが、著者は国際保健学、熱帯感染症学を専門とする医学博士である。2020年に新型コロナウイルス感染症が世界中に広がるにつれて、歴史研究者として感染症と人類史との関係について考えたいと思い始めて、時間が許す限り読み進めているところだ。まったく恥ずかしいことに、私自身、パンデミックを迎えるまでに「細菌」と「ウイルス」の区別さえできていなかったのだから、今はひたすら頭を垂れて先学に学ぶほかはない。本書を通して、人類はいかにして感染症を「撲滅」するか、ではなく、いかにして「共生」するかという課題に向き合うことで、心地よいとはいえないまでも、破滅的な悲劇よりましな未来が見えてくるという確信を持つことができた。
[OPAC]