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学生に薦める本 2017年版
内田 亨
『ドナウの旅人』
宮本輝 新潮文庫 1988
私が20代に読んだ本である。「ミステリー+恋愛小説+紀行文」といった感じであろうか。この本を読んで実際にドナウ川のオーストリアとハンガリーの一部を船で下ってしまった。
経営学では「現場・現物・現実」という言葉を耳にするが、まさに下記のくだりがそれを表している。
主人公 麻沙子「ウィーンにこなければ、音楽の勉強はできないんですの?ウィーンに留学したってことではくを付けようって人たちも多いんでしょう?」
留学生 小泉「そんな連中のほうが多いんですよ。でも、ぼくはやっぱりウィーンに来てよかったと思ってます。だって、生のオペラや演奏を、じかに自分の目で見て、耳で聞けるってのは、すばらしいことですから」
誰でも留学すればわかるが、本場で直に接することほど重要な体験はないであろう。そして、否応なく、現実も思いしる。それが自分を成長させてくれると思う。
また、主人公麻沙子と恋人シギィの愛のかけ合いから、普遍的真理に昇華させる会話の流れも心地よい。
シギィ「ミステリアスだな」
麻沙子「何が?」
シギィ「何もかもが」
麻沙子「シギィの青い目もミステリアスよ」
シギィ「マサコの黒い目もミステリアスだよ」
麻沙子「風が吹くのも、花が咲くのも、木の葉が枯れて落ちるのもミステリアスでファンタスティックね」
シギィ「この世に、ミステリアスでファンタスティックじゃないものなんて、何ひとつないさ」
少々補足すると、ドイツ語圏ではわからないが、私の経験上、フランスでは日本人の真っ黒でストレートな髪と黒い瞳は、ある種ミステリアスであり魅力的なのである。
そして、男女間には必ずといっていいほど嫉妬もある。次のくだりをみてみよう。
シギィはまるで目当ての女性を口説くみたいな言い方で、
「デザートは、ホテル・ザッハーのチョコレート・トルテにしませんか。ぼくがご馳走しますよ」
と絵美を誘った。その誘い方には、まだしこりを残している絵美の心を柔らかくほぐすだけの甘さと思いやりがあって、麻沙子の中で幾分騒ぐものが生じた。
シギィが恋人麻沙子の知人絵美にかける言葉は、字面だけみると、なぐさめの言葉しか見えない。しかし、「麻沙子の中で幾分騒ぐものが生じた」と続くことで、その誘い方に対する麻沙子の嫉妬心が目に浮かぶようである。私なりに解釈すれば、この場面は、深みのあるチョコレート・トルテの甘さを想起させ、キャロンのプールオムを身にまとっていたシギィの体からバニラとラベンダーの香りがいっそう引き立った瞬間かもしれない。
こうして想像力を働かせながら読んでいくと、いつしか自分もその場にいたくなる衝動に駆られるだろう。そして、実際にドナウへ行ってみたくなるのである。
経営学では「現場・現物・現実」という言葉を耳にするが、まさに下記のくだりがそれを表している。
主人公 麻沙子「ウィーンにこなければ、音楽の勉強はできないんですの?ウィーンに留学したってことではくを付けようって人たちも多いんでしょう?」
留学生 小泉「そんな連中のほうが多いんですよ。でも、ぼくはやっぱりウィーンに来てよかったと思ってます。だって、生のオペラや演奏を、じかに自分の目で見て、耳で聞けるってのは、すばらしいことですから」
誰でも留学すればわかるが、本場で直に接することほど重要な体験はないであろう。そして、否応なく、現実も思いしる。それが自分を成長させてくれると思う。
また、主人公麻沙子と恋人シギィの愛のかけ合いから、普遍的真理に昇華させる会話の流れも心地よい。
シギィ「ミステリアスだな」
麻沙子「何が?」
シギィ「何もかもが」
麻沙子「シギィの青い目もミステリアスよ」
シギィ「マサコの黒い目もミステリアスだよ」
麻沙子「風が吹くのも、花が咲くのも、木の葉が枯れて落ちるのもミステリアスでファンタスティックね」
シギィ「この世に、ミステリアスでファンタスティックじゃないものなんて、何ひとつないさ」
少々補足すると、ドイツ語圏ではわからないが、私の経験上、フランスでは日本人の真っ黒でストレートな髪と黒い瞳は、ある種ミステリアスであり魅力的なのである。
そして、男女間には必ずといっていいほど嫉妬もある。次のくだりをみてみよう。
シギィはまるで目当ての女性を口説くみたいな言い方で、
「デザートは、ホテル・ザッハーのチョコレート・トルテにしませんか。ぼくがご馳走しますよ」
と絵美を誘った。その誘い方には、まだしこりを残している絵美の心を柔らかくほぐすだけの甘さと思いやりがあって、麻沙子の中で幾分騒ぐものが生じた。
シギィが恋人麻沙子の知人絵美にかける言葉は、字面だけみると、なぐさめの言葉しか見えない。しかし、「麻沙子の中で幾分騒ぐものが生じた」と続くことで、その誘い方に対する麻沙子の嫉妬心が目に浮かぶようである。私なりに解釈すれば、この場面は、深みのあるチョコレート・トルテの甘さを想起させ、キャロンのプールオムを身にまとっていたシギィの体からバニラとラベンダーの香りがいっそう引き立った瞬間かもしれない。
こうして想像力を働かせながら読んでいくと、いつしか自分もその場にいたくなる衝動に駆られるだろう。そして、実際にドナウへ行ってみたくなるのである。