学生に薦める本 2017年版

佐藤 若菜

『「その日暮らし」の人類学:もう一つの資本主義経済』

小川さやか 光文社 2016
 こつこつとまじめに働く勤労主義とだらだら過ごす怠け者、どちらになっても常に満たされない思いがあるのはどうしてでしょうか。日本には、勤労主義と怠け者の両極を揺れ動きながら特定の労働観を築いてきた歴史があります。ゆえに、私たちは身近な怠け者に憤りを感じつつも、怠け者に憧れてしまうという傾向があるのです。つまり、本性のままに怠惰な動物として生きることへの憧れと、「あんな風にはなりたくない!」という自己肯定の両方を感じているといえるでしょう。
 この背景にあるのは、<今ここ>の喜びを犠牲にして、<いつかどこか>という超越的な場所で生きることを求める社会的潮流があります。具体的にいうと、「タイムイズマネー!」的な時間の観念や、資本主義経済システムとともに進展する成果追求主義、そしてそれに寄与することを目的としたスピーディーな情報社会によって、わたしたちはつねに未来の豊かさや安心のために「現在」を貯蓄することをうながされているのです。それは同時に、みずからの身体で感じられるような「現在」を生きていないとも言い換えることができます。
 これに対して筆者は、こういった価値観は、日本等の特定社会に見られるものであり、世界のなかにはLiving for Today(その日その日を生きる)が一般的な社会もあると指摘しています。では、こういった社会では、アリ(勤労主義)とキリギリス(怠け者)の二者択一とは異なる、どのような労働観・社会観・幸福感があるのでしょうか。本書では、アフリカのタンザニアや香港の事例を通して、この問いに答えてくれます。そこでは、「そう生きたいから」という個人的願望と「そう生きざるを得ないから」という状況的制約が複雑に入り組んでいます。私たちが安易に想像するような、「今を生きる!」的な世界ではもちろんありません。
 本書を読むことによって、わたしたちの社会でごくごくあたりまえとされていること(例えば、「未来優位」、技術や知識の蓄積にもとづく「生産主義的・発展主義的な人間観」)に気づき、日々の選択を決定する価値観はじつに多様であることを知ることができるでしょう。具体的には、日本では「仕事の選ぶときに報酬・社会的評価・社会保障・生きがい等で序列化すること」が当たり前とされていることや、「他人に借りをつくることや、誰の世話にならずに生きていること」が讃美されていることなどです。本書では、自律的に生きていると錯覚している現代人を批判した議論を、「その日暮らし」の社会から再考しています。
「騙しや裏切りをまじえながら『了解』『信頼』をいかに築いていけるのか?」、「誰も信頼しないことによる、誰にでも開かれた信頼とはなにか?」、「危機や思い通りにならない他人に直面したとき、みずからを見失うことなく、人や状況にゆだねるからこそ得られるものとはなにか?」
 「アリ/キリギリス」といった満たされない選択を一旦離れ、喜びや苦しみを感じながら、それでも生きているという誇りをもち、自分を生かしている社会的なものに確信を持ち続ける「彼ら」の生き方に触れてみたくなった方は、ぜひ本書を手にとってみてください。
[OPAC]

『「女の仕事」のエスノグラフィー:バリ島の布・儀礼・ジェンダー』

中谷文美 世界思想社 2003
 女性にとって理想的な人生とはどのようなものでしょうか?現代日本社会において想定されている女性のライフコースは以下の11通りです。

1.結婚しないで働きつづける。
2.結婚し、子どもをもたずに働きつづける。
3.結婚し、子どもをもちながら働く。
4.出産退職し、子どもが成長してからまた働く。
5.結婚退職し、子どもが生まれてまた働く。
6.結婚退職し、子どもが成長してからまた働く。
7.出産退職する。
8.結婚退職し、子どもをもって働かない。
9.結婚退職し、子どもをもたず働かない。
10.結婚し、子どもが成長して初めて働く。
11.結婚前・後とも働かない。

 ここからもわかるように、女性の人生は、「働く/働かない」・「結婚」・「出産」の3つの項目をどのように組み合わせるかで分類できると言われています。同時に、「仕事と家庭(育児や介護を含む)の両立」が、いまだ女性特有の悩みとされています。より詳しく言えば、「収入をともなう労働=仕事」と「経済的対価を支払われない行為=家事・育児・介護」の2つに分けられているのです。最近では、ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で、この「経済的対価を支払われない行為=家事・育児・介護」をいかに評価していくのかが問われていました。これに加えて、「男の仕事/女の仕事」といった無意識に私たちが行っている日々の分類が、「仕事と家庭」の二項対立に覆いかぶさっています。
 これらの定義やら、分類やらを一旦やめて、「女性が実際に日々していること」の内容と意味を分析してみようというのが、本書の試みです。インドネシアのバリ島に暮らす女性たちの事例は、私たちと似ているようで異なる「女の仕事」のあり方を示しています。妻であり母であることによって生じる責任と義務、そして経済活動と結婚観の関係は、私たちが想定しているものだけが全てではないことをおしえてくれる一冊となっています。
[OPAC]

『トルコ絨毯が織りなす社会生活:グローバルに流通するモノをめぐる民族誌』

田村うらら 世界思想社 2013
 あなたが日々使用しているモノは、どこで生まれて、どこを旅してあなたの手元に至ったのかと考えたことはありますか。近年の人類学では、布・衣類・絨毯をはじめとしたモノに関連した研究が盛んに行われており、そこでは人間がモノへと付与した意味の分析ではなく、モノを中心に人間関係を分析する手法がとられています。例えば、モノの製作・移動・交換・売買の場面を通して、そこから展開する人間模様を分析するといったやり方です。本書では、日本でも売られているトルコ絨毯が、現地でのどのような人々のやりとりのなかで製作され、使用、売買されていくのかが、生き生きと描かれています。
[OPAC]

『菊と刀:日本文化の型』

ルース・ベネディクト(長谷川松治訳) 社会思想社 1967
 外国人からみると日本人はどのように見られているのだろうかと、考えたことはありますか?

 1943年、第二次世界大戦の焦点がヨーロッパから日本に移ってきたころ、本書の筆者であるアメリカ人女性、ルース・ベネディクトが日本研究を開始しました。彼女の文化人類学者としての知識を最大限に用いて、「日本人とはどのような国民なのか詳しく説明せよ」とアメリカ政府より命じられたからです。ベネディクトは、調査・研究を通して、当時、「恐ろしい」・「不可解」・「矛盾だらけ」と思われていた日本人を、アメリカ人と同じく理性ある行動をとる人間として示し、偏見を取り除くことに尽力したといわれています。彼女の学問的な根底には、「どの文化も所与の関係への適応として歴史的に形成されたものであり、互いに異なる生活様式の型を等しく人間の営みと考え、それを比較し、理解しようとする文化論」がありました。
 では、日本人のどのような行為がアメリカ人からみれば「不可解」なのでしょうか。本書にある膨大な事例のうちの1つとして、「身内とよそ者」の考え方があります。例えば、日本人は一般的に「礼儀正しい」と思われていることについて、ベネディクトは、「確かに身内の関係のなかではきちんと礼儀正しく振る舞うが、よそ者の状況にある場合、形式や丁寧さを無視し、人間の感情を欠いた関係となる」と指摘しています。
 本書に掲載されている様々な日本人の特徴を知ることによって、自分が無意識のうちに日々行っていることに気づくことができるでしょう。また、日本人的(もしくは、新潟的、国情的)文化の網の目のなかで、自分の行動は多かれ少なかれ左右されているのだということにも気づくことができます。
 さらに、外国人とふれあうとき、もしくは外国の書籍や映画にふれるとき、「これは日本人で言うところの○○だろう」と日本人的な解釈で読み解くことは実に楽しいのですが、大きな誤解を生んでしまうことがあるということも知ることができる一冊です。
[OPAC]

『世界のかわいい民族衣装』

上羽陽子 監修 矢崎順子 編集 誠文堂新光社 2013
 「先生が研究しているミャオ族の民族衣装は、消えつつある文化なのでしょうか?」といった質問を受けたことがあります。ここでふと思ったのが、「文化が消える」とはどのような状況なのだろうかということです。例えば、手作りで作られていた民族衣装がミシンで作られるようになったら文化は消えつつあるのでしょうか。もしくは、普段は洋服を着るようになり結婚式や成人式のときだけ民族衣装を着るようになったら、ひいては誰も民族衣装を所有しなくなって、着ることもなくなったら、文化は消えたとみなされるのでしょうか。
 これらのことからもわかるように、文化が消えたか否かを問う場合、往々にしてそこで言及している「文化」とは「伝統的に保持されてきた文化」を想定していることが少なくありません。同様に、民族衣装は脈々と変わらないかたちで継承されてきたモノと考えている方が多いのではないでしょうか。
 少なくとも私が研究している中国西南部のミャオ族の民族衣装は、民国期の地主制度に見られる貧富の差や、中華人民共和国成立以降の農業集団化、文化大革命といった激動の時代を経て、いまもなおミャオ族の生活に存在しています。しかし、それは決して、伝統的な製作方法や、着用・継承の方法を維持していることを意味していません。材料の供給や経済状況、中国の出稼ぎをはじめとした社会経済的変化、観光客による民族衣装の購入等、様々な状況のなかで変化しながら今日のかたちに至っています。
 「文化」を常に変化し続けるものと捉えることができれば、「文化」は消えることもあれば、(時にかたちを変えて)再生することもあると見なすことができます。本書やここに衣装を提供している博物館もまた、民族衣装が行き着いたひとつのかたちといえるでしょう。そして、この本を手にとって「かわいい!」と感じることもまた、1つの文化の再生に加担したことになるのです。
 本書は、国立民族学博物館の膨大な標本資料のなかから、「かわいい」をキーワードに選んだ衣装70点を紹介しています。後半部には、みんぱくの利用方法が記載されていますので、ぜひ一度訪れてみてください。ちなみに、現在は世界中のビーズを展示した「ビーズ―つなぐ・かざる・みせる」を開催しています。
[OPAC]

『新版 論文の教室 レポートから卒論まで』

戸田山 和久 NHK出版 2012
 どの授業においてもレポートや卒論の書き方について知りたいという要望が多数あります。レポートや論文、文章全般の書き方を解説した本は多くあるので、色々と読んでみるとよいと思います。私が知る限り、一番読みやすいのは本書ではないかと思います。本書を通して、レポートの書き方がおおよそわかったら、それを踏まえて実際に書いてみるとよいでしょう。
[OPAC]